千一夜物語
かつて寵愛を受けた。

ただそれが一時のことだと分かっていても愛されて侍ることを許されて幸せだった日々――

だが逢瀬は突然途切れて、文を出せど返事もなく――終いには存在を鬱陶しがられて後宮の外れの部屋に移動させられて、それからの日々は…もうあまり覚えていない。


「恨めしや…あなた様の御子にも恵まれず…他の女が生んだ子を見かける度に私がどれだけ心を痛めたか…!」


その末裔の女が今目の前に居る――

布団を被って寝ている女の胸に五寸釘をあてがった女は夜叉と成り果てた顔に笑みを浮かべてかなづちを振りかぶった。

だがそれと同時に視界が真っ白になったかと思ったら――床から現れたのは帝の末裔である女を小脇に抱えた男が居て、その男のなんたる美貌か…かなづちを下ろした女は、一歩後退って首を傾げた。


「そなたは…何ぞや…?」


「これは俺の獲物なんだ。お前もさぞ恨めしかろうが、他をあたってくれ。とにかくこれだけは諦めろ」


――諦めろと言われて諦められるものか。

死してなお成仏できずに後宮内を彷徨うことしかできず、そうしてようやく見つけた帝の末裔を放置などできるはずがない。


「無駄じゃ…私の恨み、その身に受けるがいい!」


黎に駆け寄ってかなづちを神羅に向けて振り下ろそうとした女の手が、止まった。

腹に何やらぽっかり穴が空いたような感覚がして我が身を見下ろすと、刀が貫通していてそこから黒い炎のようなものが吹き出していた。


『不味い!早く我を抜け!』


「ちゃんと食い尽くせ。二度と彷徨うことのないようにな」


「なんじゃ…私は…今度こそ死ねるのか…?」


帝が――かつて寵愛を受けた帝の末裔の女が目を見開いてこちらを見ていた。


…この女は悪くない。

だがこの女からいずれ生まれるであろう子が自分のような悲惨な運命の者を生み出さぬように、ただその一心で――


「帝…今度こそ、あなたのお傍に…」


身体が崩れてゆく。

神羅はただ必死に手を合わせて祈った。


夜叉の顔は徐々に元の美しくやわらかい表情に戻ってゆき、淡い光と共に消えた。
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