千一夜物語
「よし、消えたな。ひとまずはこれで奇怪な現象は落ち着くは…ず……おい」


脇に抱えていた神羅からがくんと力が抜けると、黎は顔を覗き込んで額に手をあてた。

身体が猛烈に熱く、恐らく純粋なる憎悪や怨念にあてられて一時的ではあるが身体と精神が弱り切っている。


面倒を見られることは多くとも、面倒を見ることはからっきしな黎は、ひとまず神羅を床に横たえさせて舌打ちをしながら暗闇の中神社に向かった。


「ちっ、面倒な…。人はやはり弱い生き物だな」


扉を開けて祭壇に祭られている清められた酒が入っている徳利を手に取ろうとして、自身の妖気にあてられないように極限まで抑えると、鏡の下に敷いてあった白い布を手に巻いて素手で触らないようにして持った。


「あれしきで昏倒だと?この先行く末が案じられる」


再び寝所に戻って浅い呼吸の神羅の上半身を起こした黎が徳利を近付けて口にあてがったが…飲まない。

終いには寒気も感じているらしくがたがた震えていて、獲物が弱る様に若干焦った黎は、徳利に入った酒を口に含んで直接口移しで飲ませた。


「残念ながらこれで清めの効果はなくなったが、多少効けばいい」


何度か口移しで飲ませるとだんだん息が整ってきたため、今度は勝手に帯を外して全て脱がせると、やや身体を注視してにやついた。


「美味そうだな…やっぱり美味そうだ。こんなことがなければ今すぐ食いついていたのに」


ぶつぶつ文句を言いながら自らも肩口から腕を抜いて上半身脱ぐと、神羅をしっかり抱きしめて布団を被った。

まだ意識はなくつらそうに眉根を絞っている様に、このまま死なれては困る黎は胸の感触を楽しみながらも励ましの言葉をかけていた。


「こんなことで死ぬなよ。お前は俺が生きたまま食って、美味しく骨まで頂くんだからな」


世話が焼けるな、とやはり文句を言いつつしっかり身体を密着させてあたため続けた。
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