千一夜物語
唇を奪われた…

生まれてこのかた男に肌を触れさせたこともなかったのに、いくつもの‟はじめて”を黎に奪われて、神羅は黎の胸を強く押して離れようとした。

だがどうしてその細腕にこんな力があるのかと思うほどの強さで抱きしめられて、あまつさえ舌を絡められて、もう何が何だか分からなくなって、黎の舌を噛んだ。


「つ…っ。さすがに痛いな」


「な…何をするんですか!舌…!舌が…!」


「この程度序の口だろうが。お前は危うく死にそうだったんだぞ。俺が助けてやったんだぞ」


「それについては感謝しています!ですが…もう私に触れないで!」


だが黎はめげないし、懲りない。

強く非難を込めた口調にも多少眉を上げただけですぐに口角を上げてにたりと笑った黎にかっときた神羅は、庭の方を指して一喝。


「今日はもういいですから帰って下さい。今晩は来なくていいです」


「勝手に決めるな。俺は俺の好きなようにする」


「私は!怒っているんです!今日は絶対に来ないで!話は以上です!」


ぷいっと顔を逸らしてこれ以上話をするつもりはないと態度で表した神羅の本気の怒気に、ただご褒美が欲しかっただけの黎は肩を竦めてひとつ欠伸をした。


「分かった、今日の所は帰る。だが明日は来るぞ」


返事はなく、気の強い女が好みな黎はますます神羅を気に入りながらも、一瞬でその場から姿を消して、浮浪町の屋敷へと戻った


「黎様ー!今日も朝帰り!」


「ん、昨日も面白かった。牙、何か変わったことはあったか?」


「えーと、玉藻の機嫌がすごく悪い…とか?」


「ふうん、じゃあ寝る。毛玉になれ」


さしてその報告に興味のなかった黎は、狗の姿になった牙と縁側で日向ぼっこがてら浅い睡眠をとった。
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