千一夜物語
浮浪町の住人たちは畑を耕す者たちで活気に溢れていた。

住む場所は雑居ではあるが屋根の下で眠れるし、食べ物は浮浪町の外からやって来た商いをする男が無償で提供してくれる。

物資を頼むことも可能だが、それは無償ではなくいずれ金銭を渡さなければならず、しっかりと帳面につけられていた。


「で?黎様いつ遠野に行くんだ?」


「明日には発つ。牙、お前はついて来い」


「黎様!わたくしは!?」


「ここを留守にさせるわけにもいかないだろう。お前は留守番だ」


「ひどいですわ!いくらまだ付き合いが浅いとは言えわたくしはそこの狗神より有能ですのよ!?」


喧々囂々。

こんこん騒ぎ立てる玉藻の前が縋り付いて来て泣いたため、面倒くさく――もとい仕方なく頭を撫でてやりながらため息。


「分かったから泣くな。あと牙はお前と同じくらい有能だからな。仲良くやれないなら出て行…」


「仲良くできますわ!ねっ、馬鹿狗!」


「まずはその呼び方をやめろー!」


――実はこの間にも着々と屋敷を訪れる妖の数は増えていた。

大抵は道中の間に出会って仕方なく助けた妖がほとんどだったが、中には黎自身を知っていて面白そうなことをやっているらしいと小耳に挟んでやって来る者もいて、屋敷の改装は黎の指示で着々と進んでいた。


「明日発つ前に神羅の所に寄って事情は説明して行く。俺に食われる覚悟を決めてもらわないといけないからな」


「黎様!向かってくる奴らはぶっ殺していいんだよな?」


「ああ、どうにでもしろ。俺は親玉の命さえ取れればいい」


黎はからから笑ったが――


その道中の最中、彼は忘れられない出会いを果たすことになる。
< 50 / 296 >

この作品をシェア

pagetop