千一夜物語
神仏に祈りを捧げていると、心が落ち着いて洗われた。

本来はこうして日がな祈り、修行をして質素な暮らしをしていた自分の環境が激変したのは先帝の父が崩御したから。

一人娘であったため朝廷を牛耳らんとする者たちから担ぎ上げられて玉座に就けられて、自分を操ろうとする連中が跋扈する悪夢のような光景が日々続いている。


「ふう、やはり私はこうした生活が落ち着きますね…」


黎に唇を奪われたことや様々な暴言、振舞いにこの数日翻弄され続けていたため、神社に籠もっていた神羅はようやく平常心を取り戻して意気揚々と神社を出た。

だが――


「やっと出て来たか」


「!?」


鳥居から神社までの間に数段ある階段に座っていた黎と、見たこともないふたり――いや、ひとりは知っている。

がしゃどくろが現れた時に黎を探しに来た男…金の目をした野性味のある男だ。

もうひとりは――茜色の十二単を着てはいるが裾が浮いているように見えるし、何より同じように金の目と明るい茶の長い髪を垂らした女…

ふたり共に頭の上に耳があり、尻に尻尾が生えていた。


「妖!」


「こいつらは俺の仲間だ。ちなみに今からお前の命を狙っている奴を殺しに行ってくる。それを伝えに来た」


腰を上げた黎は、固まっている神羅に近付いて耳元でひそりと囁いた。


「神仏に祈るほど俺との口付けに心奪われたのか?」


「ち…違います!」


「言っておくがお前が寝ている間に隅々まで身体を見たし触ったからな」


「え…っ!?そ、そんな!」


「ほくろの数も知っている。お前は俺の所有物なんだから当然のことだろう」


羞恥にわなわなしている神羅を見て満足した黎は、唇を尖らせている玉藻の前の頭を撫でて神羅に背を向けたまま軽く手を挙げた。


「ということで戻ってきたらお前を食う。覚悟を決めておけ」


「ですから対価は私以外にして下さいと何度も…!」


「お前以外なんて対価じゃない」


素っ気なく言い放って軽く地を蹴って浮遊すると、そのまま飛び去ってしまった一行を茫然と見送った。


強い執着心――

また変な音が胸からして、神社に舞い戻って再び神仏に祈りを捧げた。
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