千一夜物語
「なあ黎様ー、女帝は黎様に惚れてんのか?」


「もしそうなら好都合だが、あの様子では嫌われている可能性の方が高い。むしろその方が燃えるというものだ」


「あいっかわらず性格わりー!」


遠野までの道中は大抵空の上を飛んで行くのだが、気まぐれな黎は時折地上に下りて自身の足で歩くこともある。

そうしているうちに多くの妖を助けることになり、また景色を見るのも好きだった。

つまりは、やはり坊ちゃん気質。


牙と玉藻の前は揃って三人で歩くと目立つため、それぞれ小型の狗と狐の姿になって黎の後を短い足でちょこちょこ動かして追いかけていた。


「どこかで一泊しよう。烏天狗、近くに宿はあるか」


「はい、先に手配して参ります」


道案内について来ていた烏天狗が先行して居なくなった後、黎は山道の外れに小川を見つけて立ち止まると清水を手で掬い、顔を洗った。


「いやん!黎様水も滴るいい男!」


「歩くと暑い。早く風呂に入りたい」


「自分が歩きたいつったんじゃん。もうちょっとだから我慢しろー!」


時折牙が年上のような口ぶりになるが、黎は怒ることなく頷いて小川に飛び込んだ牙の水浴びを楽しそうにして見ていた。

玉藻の前はその間黎の膝の上に陣取って、件の親玉の件を問うた。


「悪路王とは強いんですの?」


「さて、鬼族の間では最も剛力であり胆力のある男だと言われている。粗野で暴れ者だから群れる方じゃないはずなんだが」


「大丈夫ですわよ、黎様はわたくしが全力でお守りしますからね!」


「ん、頼んだぞ」


ぶんぶん尻尾を振り回す玉藻の前の首根っこを摑まえて脇に置くと、ごろんと草の上に寝転んでまず神羅のどこを齧って食ってやろうかと想像しながらにやついた。
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