千一夜物語
草を分け入る音がする。


「お、おい、あっちに誰か居るぞ…!それも…人じゃない気配だ…!」


「そうだ…早くこっちへ来い…」


殺気を全開にした黎は懐から夜叉の仮面を取り出して被ると、両腕をだらりと下げていつでも俊敏に動けるようにしていた。

なんとなく夜叉の仮面を持ってきてはいたが、黎の前に姿を現した三人の男は、その異様な姿を見るなり足を竦ませて立ちすくんだ。


「これを傷つけたのはお前たちだな?」


「ひ、ひぃっ、妖か!」


三人それぞれ武装しており、少なくとも平民ではない。

腰にも刀を差していたが、人が作った武器で妖に致命傷を負わせることはできない。

神職に就いた者が作った武器のみが、妖を殺すことができるが――末端の者たちがそれを所持しているはずもない。


それに黎は常に身の回りに薄い結界を張っているため、例え向かって来られたとしても攻撃をはじき返す自信があったため、軽快な足取りで彼らに近付いて悲鳴を上げさせた。


「妖を斬って何が悪い!そいつは俺たちを襲おうとしたんだ!」


「そうか、それは悪いことをしたな。だが何の理由もなく襲うはずがない。お前たちが先に刀を抜いたんじゃないのか?」


「うるさい!妖は退治すべき存在だ!やってしまえ!」


――ひとりの男が鞘から刀を抜いた。

その時にはすでに目前まで迫っていた黎は、抜かれた刀身を見て――目を見張った。


「それは…」


「帝から頂いた刀の威力、食らうがいい!」


「!」


袈裟切りに斬られた。

結界は脆くも刀を貫通させて黎の胸を切り裂いた。


鮮血が噴き出し、黎は胸を押さえて――片膝を折った。
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