千一夜物語
「そおれ!」


庭に植えられていた桜の木の葉を大量にもぎ取った玉藻の前は、それらに息を吹きかけて空に向けて放り投げた。

すると葉の一枚一枚が男の姿となり、玉藻の前はぴっと彼らを指で指して命じた。


「お前たちに命じます。我が主が住まう屋敷を完膚なきまでにきれいにすること。隅から隅までわたくしがちゃんと見ますからね。さあ、夕刻までに終わらせなさい」


男たちは皆狐顔で皆が同じ顔だったが、玉藻の前が命じるとわらわらと屋敷に上がっては井戸から汲んできた水と雑巾を手に掃除を始めた。


「これはすごいな、さすがは伝説の妖狐」


「俺だって!俺だってやれる!褒めてもらうんだ!」


今度こそはと対抗意識を燃やした牙が狗神の姿になって再び平安町の方へ飛んでいくと、黎は庭石に腰かけて相変わらずの傍観。

元々名家の出なために自ら掃除をしたことなどなく、玉藻の前が傍に寄って来てぴったりくっついて座ると、煙を顔に吹きかけた。


「俺に取り入ってもお前に得などないんだが」


「得など求めておりません。純粋にあなたにお仕えしたいだけのこと。あの…玉藻とお呼び下さいまし」


「では玉藻、お前は御所に出入りすることが多かったようだが、今の御所の内部を知っているか?」


「いいえ、わたくしは長い間封じられておりましたので。ですが造りはほとんど変わっていないはずですわ。何故そのようなことを訊きますの?」


「今の帝は女らしい。しかも元巫女で、最近やたらと武器の製造に力を入れているようだ。武器とはちなみに俺たち妖を斬ることのできる神職に就く者にしか作れないやつなんだが」


玉藻の前は耳をぴょこぴょこ動かして首を傾げた。


「どう…なさいますの?」


「ここがきれいになったら様子を見に行く」


「わたくしも一緒に…」


「いいや、俺ひとりで行く。第一お前はここをきれいにしなければ俺の傍には置かない」


「つれないご主人様も素敵」


…やっぱり妙なものに懐かれた。
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