千一夜物語
あまり納戸ばかり出入りしていると使用人や父母たちに疑われるため、陽が暮れるまで自室で大人しくしていた澪だったが、活発な気性のためそれにもすぐ飽きて、庭に通じる障子を開けて小声で黒縫を呼んだ。

黒縫は耳が良く、呼べば必ず来るのだが――やってくる様子はなく、仕方なくこそこそしながら玄関を出て納戸の方へ行くと、納戸の戸に鼻先を突っ込んでぐいぐいしながら開けた黒縫を見つけて小走りに駆け寄った。


「黒縫ったらよっぽどその人が気に入ったのね」


『眠っている時以外は当たり障りないよう注意しながら色々お話をさせて頂きました。かなり身分が高い方のようです』


「そうなの?ねえ…素顔…見せてくれた?」


外に出た黒縫は、澪と共に母屋へ向かいながら首を振った。


『いえ、しかし酒をお飲みになった時少しですが見ました』


「ど…どうだった!?」


好奇心が強く目をきらきらさせてその場で膝を抱えて中腰になって顔を覗き込んできた澪に黒縫は苦笑しながらにかっと笑った。


「上の上…いえ、超がつく男前でした。目鼻立ちがしゅっとしていて…」


「そうよね、私もそんな気がしてた!あの人かっこいいって思ってた!」


――澪の家系は‟鵺飼い”と呼ばれ、ひとりに対して鵺が一匹付かず離れず傍に居る。

かつての祖先が傷ついた鵺を介抱したのがきっかけでそこから縁が生まれたらしく、鬼族だけでなく全ての妖の中でも珍しい一族だと言われている。

鵺は決して何者にも懐かない。

身内ならともかく、ああして素性の知れない男に黒縫が懐いているのはとても珍しく、それだけで澪の関心を引くには十分だった。


『全く…あなた様には許嫁が居るというのに』


「お会いしたこともないじゃない。どんな方かも知らないのよ?そうね…ああいった方だったらいいなって思うけど」


『そうですね…私もそう思います』


「またお父様のお酒をくすねて持っていきましょう。次こそ素顔を見るんだから!あとお名前も!」


鼻息荒く台所をがさがさ。

お転婆姫は素性の知れない男に興味津々で胸をときめかせていた。
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