千一夜物語
何度かうとうとしては目が覚めてを繰り返していた黎は、戸の方でごとごと音がして傷口を押さえながら立ち上がって戸を開けた。


「やっと見つけた!…てか黎様!?その傷どうしたんだ!?」


「ああ、ちょっと油断して怪我をしたが大したことはない。この家の者に介抱されたんだが明日まで滞在しろと押し切られた」


黎の匂いを頼りに死に物狂いで探し続けていた牙は、狗神の姿を解いて人型になると、へなへなと戸の前で座り込んだ。


「ひとりで乗り込んだんじゃねえかと思って冷や冷やした!」


「すまないな。ところで牙…この家に鵺が居る。鵺が守っている娘が居る。これが肝の据わった娘で面白い」


金の目を真ん丸にした牙は、きょろりと辺りを見回してくんと鼻を鳴らした。

確かに獣のような匂いがしたが――あちらもすでにこちらの匂いに気付いているはずだ。


「気に入ったのか?」


「気に入った。だが許嫁が居るらしい」


「んなの奪い取ったらいいじゃん。鬼族の娘だったら嫁にしちゃえよ」


そこまで考えが至っていなかった黎の目が丸くなると、牙はすくっと立ち上がって狗神の姿に戻り、ふわりと宙に浮いた。


「明日また迎えに来るから!女狐がこんこんうるせえからちゃんと説明しとく!黎様はそれまでにちゃんと口説いて一緒に連れ帰る位の仲になっとけ!」


「お前…言うのは簡単だが難しいぞそれは」


「簡単簡単!黎様が耳元で囁けばいいんだって!あ、唇を奪う方がいいかな、とにかく頑張れ!」


…牙に励まされたものの、他の男の女に手を出すほど女に困ってはいない。


「誰!?」


「やべっ!じゃあ黎様また明日!」


牙がものすごい勢いで飛び去ると、遅れてやって来た澪は息を切らしながらもう小さくなった牙を目を細めて見ていた。


「今のは…?」


「俺の仲間だ。ここで話すと不審がられるんじゃないのか?中に入れ」


体よく連れ込んで、牙の言葉を反芻した。


自分はどうしたいのか?

離れ難いのは確かだった。
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