年下御曹司は初恋の君を離さない
10


 時間が止まった気がした。私と……あの人の周りだけ。

 呼び戻されるのは、私の過去の記憶だ。きっと目の前にいるあの人も同じ過去を引っ張り出しているのかもしれない。
 いや、苦しんでいるのは私だけだ。彼にとって、私はたいしたことがない人間の一人なのだから。

 懐かしさと切なさと……そして嫌悪。
 色々な感情が複雑に絡み合い、私の心は今、とても忙しない。

 しかし、なぜ彼が老舗和菓子店の店舗ブースにいるのだろうか。
 どうみてもせせらぎの関係者に見える。
 だが、私が知っている限り、彼は機械メーカーの営業をしていたはずだ。それなのになぜ……?

 私が知っている面影より、もっともっと大人の色気を振りまいている男性を見つめる。
 老舗和菓子店〝せせらぎ〟の店舗ブースにスーツ姿で立っていたのは、藤司謙也だった。
 彼は私の大学時代の先輩で二つ年上だったから、今は三十歳だろうか。

 大学生の頃から目を惹く男性だった。
 鍛えられた身体に長身。黒髪で短髪の彼は清潔さに溢れており、なにより人望がある人でもあった。
 スポーツをこよなく愛している彼は、お日様がとてもよく似合う人だ。
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