年下御曹司は初恋の君を離さない

 私は、ソッと視線を落として彼から逃げた。
 どうかこのまま何事もなく過ぎ去りますように。何度も何度も祈りながら、ただこの時間が早く過ぎ去ってしまえと心の中で叫び続ける。

 身体にかなり力が入っていることがわかる。きっと緊張のせいだろう。
 手を繋いでいる友紀ちゃんに悟られないよう、繋いでいない右手をキュッと握りしめて耐え忍んだ。

 だが、私の願いは木っ端微塵に砕け散ってしまう。彼が話しかけてきたのだ。

「お客様。ただいま試食をお配りしております。お好きなものをどうぞ」

 彼が差し出してきたお盆の上には、五種類の和菓子が小さく切られて乗せられていた。
 それらは人気商品なのだろう。先ほどからお客さんたちが買い求めている商品名のものばかりである。

「どれも美味しそうです。皆さん買われていっているものですよね?」

 友紀ちゃんがにこやかに藤司さんと話し始めた。
 友紀ちゃんからしたら、これは老舗和菓子店せせらぎの従業員とのファーストコンタクト。うまく取り入りたいと願っていることだろう。
 小華和堂にとって、ここで好印象をつけておきたいと思うのは当然のことだ。

 友紀ちゃんがあれほど熱弁をしていたほど。きっと小華和堂と和菓子屋せせらぎのコラボは社運を賭けた戦いになるのだろう。
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