年下御曹司は初恋の君を離さない


 この部屋の中が異様な雰囲気であることを肌で感じるからこそ、機密情報を処理している部屋であるように予測ができる。

 そんなことを考えていると、静かな部屋に電話の着信音が鳴り響いた。
 一人の社員が受話器に手を伸ばしたのだが、早口でまくし立てている。

 驚いて声のする方を向いたが、こちらからは顔は見えない。
 ただ、男性だということは声の質でわかった。
 男性だということ、そして背中だけがディスプレイの明かりで確認できるだけだ。

 英語じゃない……、ああ、ドイツ語だ。
 かろうじて聞き取れた『ショコラーデ』という単語で、判断ができた。
 チョコレートの話をしているのだから、海外の会社と取引をしているのだろうか。

 だが、かなりエキサイトしているようで、口調が荒々しい。

 ただ、残念かな。私はドイツ語がからっきしできない。
 一応はできる英語だが、読み書きはなんとかできるものの、しゃべるとなると怪しい。

 業務に支障がないぐらいにはできているつもりだが、発音がやっぱりネイティブとはかけ離れていると思う。
 流暢なドイツ語を話す彼の後ろ姿に羨望の眼差しを送っていると、部長が私の肩をポンと叩いた。

< 59 / 346 >

この作品をシェア

pagetop