年下御曹司は初恋の君を離さない
「俺は未来さんのことを、よーく知っているというのに」
「え?」
すでに私の名前を覚えてしまったらしく、下の名前で呼ばれて眉間に皺が寄ってしまう。
そんな私に、彼は淡々と話していく。
「久保未来さん、二十八歳。独身。大学生の頃、貴女はそのキレイな髪をバッサリと短く切って、男らしい装いをしていた」
「っ!」
「それは、通学途中の電車で痴漢に遭うことが多かったから、そしてストーカーから身を守るための対策の一つとして、貴女は男性にも、女性にも見えるようなユニセックスな雰囲気を纏っていた。違いますか?」
彼は私の過去を知っている。それも鮮明に……
驚く私に、彼は続ける。
「貴女は背も高く、スラリとした体躯だ。その上、キレイな顔。ミステリアスな雰囲気に男たちは心を奪われた。だからこそ、そんな輩たちに対抗するために、あの頃の貴女は男装をすることにした。そうですよね?」
確かにその通りだが……初めて会ったはずの副社長が私の過去を知っているということに、恐れを抱いてしまう。
「だけど、今はもう男装は止めたんですね。昔の未来さんも、今の未来さんもとても素敵です。ずっと見続けていたくなる」
彼の声に艶めいたものを感じた。
ビクッと身体を硬直させると、彼は私の耳元で囁く。
「未来さん」
「っ!」
「昔みたいに『友紀ちゃん』って呼ばないんですか?」
「!!」
驚いて首を横に回すと、より友紀さんと顔が近くなってしまい、慌てて私は真っ正面を見た。
今、彼はなんと言っただろうか。
友紀ちゃんと呼ばないのか、そう言わなかっただろうか。
彼の笑みを見たときに脳裏に過ぎった『友紀ちゃん』の笑顔。
まさか、本当にあの友紀ちゃんなのだろうか。