失礼ですが、強い女はお嫌いですか?
プロローグ
あの時のことは今も鮮明に覚えている。
あれは、社交シーズンも終わりを向かえ、王都にある別邸から領地へ戻ることが数日後に迫っていた頃のこと。
玄関ドアが壊れるのではと心配になるほど大きな音をたてて叩かれた。
使用人が様子を伺いにいってすぐ、雪崩れ込んできた制服姿の男達。
父は不在で、母は突然のことに混乱しながら子供達を自室に避難させた。
制服の男が何か母親に告げているのを横目に階段をかけ登り、自室のベッドの隅で身を丸める。
ドア越しから廊下を走るバタバタとうるさい人々の足音が聞こえ、飛び交う指示の声すらとても恐ろしかった。
何があったかわからぬ不安。対応しているだろう母や使用人達、隠れているだろう弟への心配。一人でいることの心細さ。
全てがごちゃ混ぜになり、恐怖となって襲ってくる。
その時、ドアが静かに開き、一人の男が入ってきた。
その男は隠れている子供に気づいていない様子で、真っ直ぐ机へ向かうと、躊躇することなく引き出しを開けていく。そして、あるものを見つけ手に取った。
それを目にした瞬間、子供は思わず立ちあがり叫ぶ。
「触らないで! それは私が誕生日にお父様から貰ったものよ!」
そこでようやく子供の存在に気づいた男は、涙目の少女に冷たい視線を向けた。
「これは押収させてもらう」
「おう、しゅう? そんなの駄目。可笑しいわ! だって、それは私のものだもの!」
「うるさい。子供は黙っていろ。これは……いらないな」
そう言って、男は中身を抜き出し、箱を捨てる。咄嗟に駆け出した少女が床に落ちる寸前に箱を受け止めると、その必死さを見てか男が鼻で笑った。
少女は感情のままに男を睨む。
「文句があるなら訴えてみればいい。まぁ、子供で女の君と大人で男の私の証言。どちらが聞き入れられるかは目に見えているがな」
くくくっと堪えきれぬ笑いをこぼし男は去った。
少女は両手で箱を抱き、悔しさの涙を流す。
最後の男の言葉が否応なしに頭で何度も繰り返された。
あの出来事は絶対に忘れない。忘れたくても忘れられない。
己の人生がガラリと変わった、決定的な日だったのだから。