混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
 ガブリエル・イザードの造船所は、大いに賑わっていた。各界より名士や、貴族らしい者や、着飾った令嬢も何人もいる。

「さすがにこれはバレるんじゃないかな……」

 周囲に聞こえないように、アレンが小声でイライザにぼやく。

「オドオドしない! あと、私の事は……」

「……わかりました、イザベラ」

 アレンが声をつくって言った。恐ろしい事に、不自然な声色に聞こえない。元々アレンとイライザ、姿より声はもっと似ている。従兄弟同士でこうも似るのか、と、思えるほどに。

 イライザの声が低く、アレンの地声が高いせいなのか。

 ともかく、このままバレずにいた方がいいのか、はたまた男である事がバレで、縁談そのものが木っ端微塵になってしまえばいいのか、自分は、どんな結末を望んでいるんだろう。イライザは思った。

 無責任かもしれないが、進水式がつつがなく終われば、次は処女航海だ。旅立つ前に破談になれば、さすがの父もあきらめてくれるだろう。

 イライザの密かな野望は、イライザが女装した男だとバレ、先方から破談される事だった。父の信用は落ちるだろうか、しかし、それほど縁談を嫌がっているという事が同情を誘ったりはしないだろうか。

 後は、あまりやりたくないが、ガブリエル・イザードのゴシップをつかんで、秘密裏に取引をする事。

 若く、りりしい造船王は今の所ゴシップで世間を騒がせるようなヘマはしていないが、今の所独身なのだ。少々の艶聞で地位がゆるいだりはしないだろう。しかし、相手が女装した若い男だったらどうだろう。

 自分のやり方が卑怯である事をイライザは理解している。それだけ、今回の旅行記執筆に賭けているのだ。少々の軽蔑などどうという事は無い。

 真っ直ぐにやったとしても、『女である』という一点で不要な気苦労も、虐げられるのももうゴメンだ。

 出自において、大幅に遅れをとっている、少々の奸計が無ければ、評価される為の舞台にすら上がれないのであれば、手段を選んでなどいられない。

 そんなイライザの決意を、父が知ったらどう思うか、苦労人といえど、父はそれなりに恵まれてはいた。もちろんイライザとて、自分が特別不遇な出自だとは思っていない。むしろ恵まれている方だ。

 しかし、イライザが見たい景色を見る為には、その出自にすら足をとられる事もある。

 意識して選ばなくては、人生という旅路は、一度きりなのだから。
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