混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
 あせってはいけない、あせると、注意力が散漫になって、大切な事を見落としてしまうから。

 いつの間に眠ってしまったのだろう、と、イライザは昨夜の自分の視界を思い出す。リリと話をして、お茶を薦められて、その後の記憶が無い。口に入れたのはあれが最後だった。けれど、味わいに違和感はあっただろうか。気持ちが落ち着くというお茶は、少し薬臭いというか、薬効のありそうな香りではあった。

 では、あれに何か?

 けれど、たとえば眠り薬のようなものが入っていたとして、その目的はなんだろうか。

 リリは、旅行記の後でもかまわないと言っていた、けれど、実は、旅行記よりも、一族の記録を優先して欲しいと思っていたならばどうだろう。

 もし、このまま、この部屋に居続けるとしたならば、船は出港するだろう、イライザを残して。

 アレンは、イライザが今リリの私邸にいる事は知らないはずだ。

 またしても戻らないイライザに、アレンにはまた怒られるだろうな、と、思いながら、そんな風にアレンに心配される事で安心している自分にも気づいた。

 兄のように、自分を心配するアレンと、軽妙に言い合うガブリエルがなんだかおかしくて、昔からの知り合いのように思えた事。

 ガブリエルも、アレンのように自分の事を心配してくれるのだろうか、とも思った。

 そして、イライザは自分の気持ちに気づくのだ。

 仕事として、旅行記をものにしたいという野心。
 かねてからの夢だった、世界を見て回りたいという気持ち。

 そんな自分をガブリエルに見て欲しいという思い。

 考えないようにしなくては、そう、思えば思うほど、ガブリエルの顔がちらつく。

 酒に酔って、正気を失った自分が、どんな行動をとったのかが怖い。

 理性による箍がはずれて、思いのままにふるまったという事だけはうっすらとわかるけれど、それを確かめる事ができずにいるのは、心の内にある思いから目をそむけるのと同じ事だ。

 今、思いがけない形で追い詰められて、一番に浮かぶのは、一仕事人として、ガブリエルから軽蔑される事への畏れだった。

 このままでは出港に間に合わない、リリも居ない。

 熟考している時間は、無い。

 イライザは思いつきで動きすぎなんだ、という、アレンの声が聞こえるような気がしたが、今はとにかく部屋を出なくてはならないのだ。

 鍵のかかっているドアを蹴破るか、窓の鉄格子をぶち破るか。

 鉄格子はしっかりと取り付けられているが、ドアの方は木製だった。蝶番が外れれば……。

 窓よりも、ドアの方が壊せそうな気がした。
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