混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
 そうして、イライザは、ガブリエルに好感をいだきそうになる自分を思いとどまらせる。

 イザベラとして書いた数多くの記事。署名の無い、記事の多くには、男女の醜聞、ゴシップも数多くあった。

 妻をもった男性が、何人もの女性と関係をもったり、異にそまぬ相手を娶り、飼い殺しにしている不誠実な男とて、仕事の上では誠実な顔をしているものだ。

 今、ガブリエルが見ているのは、自身の会社の造った船に乗り、旅をした結果を美々しく本として紡げる人間を探し出したというだけの事。

 利害関係以上のものを求めてはダメだ。

 しかし、皮肉にも、そうして割りきろうとすればするほど、魅了されそうになる、記者、イザベラではなく、ただ一人のイライザとして認めてもらいたくなりそうになる自分に、イライザは危機感を覚え始めていた。

「イライザ嬢は、大丈夫でしょうか」

「へ?」

 イライザは、一瞬自分の事を言われたのかと思って、きょとんとし、数秒かかって、女装したアレンの事だと思い至った。

「あ、はい、イライザ、そう、イライザは、遠出は初めてなので、少しはしゃぎ過ぎたのだと思います、少ししたら、落ち着くのではないかと」

 頓狂な声をあげながら、イライザは言い繕った。

「そうですか、彼女と、出港の光景を共にしたかったんですが」

 そう言って、女装したアレンの姿を思い出すように、今、ここには居ない自分以外の女の(正しくは女装した男だけれども)事を思い出すガブリエルに、イライザは、胸の奥の方でチリチリと痛みを感じている事に気づいた。

 いや、ガブリエルが、アレンを気に懸けてくれるのは願ったりなのだ。ガブリエルと縁談が持ち上がっているのはイザベラではなくイライザ。そして、今、自分はイライザではなくイザベラなのだから。
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