混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
「いや……そんな」

 一方、評判の良さとは裏腹に、書いたイライザの方は少し複雑ではあった。イライザは、感じたままを書いたにすぎず、義憤にかられて、社会を変えてやろうという意識などは無かったからだ。

 それどころか、少々大げさに書きすぎたせいで、職を失った者がいたと思うと、少しばかり胸が傷んだほどだ。

「どうだろう、私からも一杯おごらせてもらえないだろうか」

 イザベラ・クリフトンの評判がいい事を、まるで自分の事のようにうれしそうに、ガブリエルは調子にのって杯を追加させた。

 イライザは、目の前の二人が上機嫌な事で一瞬忘れそうになったが、ふいに思い出した。

 こういった食堂の二階で客をもてなす女性がいる事を。

 もちろん、この、『転がる子豚亭』がそうかどうかはわからない。

 イライザは、目の前の二人が、二階で何をしていたのか、浮かんでしまった邪な妄想を具体化させないよう苦心した。

 よく見ると、リリの肌は軽く汗ばんでいるし、ガブリエルの方はやや髪が乱れているように見えないことも無い。

 ガブリエルがこの店に入ってからどれほどの時間が経過していただろうか、と、ぼんやり思いながら、イライザは流されるように三人で乾杯した。

 イライザは、酔えそうに無いな、と、思った。
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