混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
 イライザが、無邪気に、お父様のお嫁さんになる、と、言っていた頃は遠い昔の事なのだという事を、父は知るべきだ。

 そして、そのように割り切る事ができる部分は、確かに父譲りのイライザの長所なのだという事も。

 ヘンリーはヘンリーで、自分と妻の血をひくイライザを跡目にすえる事こそ、妻への愛の証と考えているようなふしがある。あくまでも正妻であり、伴侶は死んだ妻である事の証左としたいのだろうが、まきこまれるのはゴメンだ。

 そう、言ってしまえば、父、ヘンリーは納得するだろうか、と、イライザは父との会話の最中に考える。

 いや、と、心の中でイライザは舌打ちをした。父は、歳のわりには進歩的な考えをもっているが、それでも、女が、女だてらに、と、深く考えずに口にしてしまう程度には、イライザを一人前の大人として遇してはくれない。

 以前は、むきになって言い返した事もあった。

 そこでまた、「すれっからし」なイライザが顔を出す。

 人の考えを変える事は難しい。

 人は、歳を経て、長く生きれば生きるほど、自分が生き延び続けている恩恵は、自分の力で勝ち得たものだと思い、傲慢になる。

 ヘンリーのような、世間一般で言うところの成功者ならばなおのこと。

「……わかりました、お父様」

 イライザは、本心を押し殺して、笑顔を作った。

 それは、男ばかりの職場で身につけたイライザの処世術の一つだ。

 はっきりと、わかる形で、男を言い負かす事はできない事を、イライザはよく知っていた。

 ヘンリーは、職業人としての娘を甘く見ていた。

 イライザは、幼い頃はたいそうなおてんば娘だと知っていたが、成長と共に、そうした部分はなりをひそめ、レディとしての慎みを身につけたのだと理解していた。

 しかし理解は誤解だった。

 イライザが、意図的に、狼が牙を隠すがごとく、犬のように従順なふりをしているだけだという事を。
< 6 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop