混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
「彼は依頼主で、私はその依頼を受けた、記憶に無いことはどうにもならないし、私自身がそれを問わない以上、もう、それは『なかったこと』なの」

 強情なイライザの様子に、音を上げたのか、アレンは、深いため息をついて、言った。

「まあ、当事者の君がそう言うなら、これ以上僕に何か言う権利はないけどさ」

「では、イザードさん、後はあなただけです、私への依頼を取り下げますか?」

 確かめるようにイライザが尋ねると、ようやく自分の発言が許された事に安堵したのか、やや食い気味にガブリエルが言った。

「依頼は取り下げない、既に船は出て、ここはまだ途中だ、残りの行程、私はあなたの邪魔はしない」

「けっこう! では、私は自分の仕事に専念できるという事ですね」

「しかし、私はあなたへの求婚は取り下げませんよ」

「……どういう意味ですか」

「旅行記を仕上げていただく、これは、継続しますし、私もあなたの仕事の邪魔はしません、ですが、私の妻になっていただく事も、あきらめていないという事です」

「責任云々の事でしたら配慮は無用と申し上げたはずですが」

「いいえ、そうではありません」

 言葉を切ってから、ガブリエルは続けた。

「私は、悩んでいたんです、実業家として、ブルームーン商会社長令嬢である、イザベラ・アトキンソン嬢との結婚と、一個人として、イザベラ・クリフトンへ惹かれている自分に、ですが、二人は同一人物だという、私の中にもう迷いはありません、結婚したい方と、愛した女性が同一人物だったのです、後はもう、求婚する他ないでしょう」

「では、イザベラ・クリフトンとして申し上げます、お断りします、と」

「何故ですか!」

「順序が、と、申し上げたいですね、ガブリエル・イザード、あなたが、私に何をしたか、未だその記憶は思い出せないままですが、男性が女性に対して責任を唱えるような行為をもしあなたがしたとして、それはとても不誠実な事だと考えます、だってあなたは、イザベラ・アトキンソンとの縁談を進めている最中だったのですから」

「詭弁です、それは」

「何とでも、ですから順序が、と、申しました、あなたは、縁談を進めている相手がいながら、劣情に押し流された、違いますか」

「それを言うなら貴女だって! 便宜上ではあるが、友人と言っていた相手の縁談相手と、その……」

 イライザとガブリエルの火花の散りそうなやりとりをじっと見ているアレンの視線に気づいてガブリエルが言葉を濁した。
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