混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
「私個人として、非常に都合が悪いのですよ」

 そこには、いままでさわやかな笑顔を浮かべていたアレンは居ない。人の悪い、腹に不穏な何かを隠し持っているような、『悪い』笑顔だった。

「ご存知のように、僕の母は、ヘンリーの妻の姉です、既に父は他界しており、僕の母は、僕を含めた三兄弟を抱え、途方にくれていたところを、叔父に救われました、以降、母はアトキンソンの家の家政を含め、イライザの養育を、一手に引き受けてきました、母とは逆に、叔父は、彼にとっては妻、イライザの母を病で無くしていましたからね」

 アレンは、もったいぶった様子で、葉巻に火を付けて、一息吸った。

「母も不甲斐ない、とっとと後添いにでも収まっていてくれれば、ブルームーン商会の跡継ぎは、僕ら兄弟の誰かになっていたかもしれない」

 マイケルが、興味深そうに身を乗り出してきた。そうなれば、不必要な嘘は必要無い。

 ここまでで、嘘と言えるのは、母がヘンリーの後添いになってくれれば、という一点のみだ。アレン達の母も、ヘンリーも、失ったそれぞれの伴侶を未だに愛し続けているという点において、違いが無かった。

 ヘンリーは、母を頼りにしており、アトキンソン家の家政は、もう、母が居なければ立ち行かない。元々、彼女はメイドだった。家庭を切り盛りするのは、母にとっては『仕事』であって、『妻』や『母性』といった立場で行うべきものという認識は無いのだ。

 ヘンリーもまた、そんな彼女に全幅の信頼を寄せているが、『女性』としてどう思っているか、は、問うても鼻で笑われてしまうのがオチだろう。

 しかし、それは、アトキンソン家の中に入ったことのある者にしかわからない事だ。世間一般に照らして、寡婦となった女と、その兄弟がどうにかなるといった話は珍しいものでは無い。

 ましてや、ゴシップ好きな人間であれば、そのような下衆の勘ぐりもむべなるかな。

 アレンは、沢山嘘をつく必要は無かった。そして、想定の通り、マイケルはその美貌に似ず、下衆な話題に対して強い関心を示した。
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