混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
「大丈夫? 疲れない?」

 リリは、日中は練兵をしていた、肉体的にも疲れがあるのではと、イライザは心配しているのだ。

「こう見えて私は軍人だからね、体力はある方だよ、……でも、少しのどが渇いたな、お茶を頼もうか、少し待って」

 リリが出て行くと、イライザも書き続けていた手を伸ばし、手首のコリをほぐすようにこねた。

 椅子の身体を預けるようにして手足を伸ばし、イライザはそのまま天井を見上げた。

 今、自分は、自分でも驚くほど遠くにきているのだ、と、しみじみ思った。

 見慣れない天井、初めて会った人、知らない歴史。

 ……自分の知らない歴史が、世界にはどれだけあるのだろう。

 限られた自分の人生の中で、どれだけそれらを知り、そして書き留める事ができるのだろう、と。

 そして、リリの話を聞いてからというもの、イライザはすっかり昨夜の事を忘れている自分に気づいた。

 随分と長い時間が経過してから、ティーセットをのせたワゴンを押して、リリが戻ってきた。時間が無い。時間が無いのに、イライザは確かめずにはいられなかった。

 焦るあまり、イライザは気づかなかった。戻ってきてから、リリが青ざめて、緊張しているという事に。

「あの、昨晩の事なんだけど……」

「あ、ああ、君が、酔って海兵にくってかかった時の事?」

 よく考えれば、リリは海軍の将校なのだ、という事は、あの場にいた海兵はリリを知っていたのでは、と、イライザは思った。

「もしかして、知り合い……だった?」

「ああ、そうだね、顔見知り、ではあったかな、お茶のおかわりは?」

 薦められるままにお茶をいただいて、イライザは香りのよいそれを飲んだ。

「これ、本当に美味しい」

「秘伝のブレンドだよ、リラックスできる」

 そう言って微笑むリリは、美しくて、けれど、どこか後ろめたい様子で、何故そんな風に辛そうに笑うんだろう、と、思いながら、イライザは自分の身体から力が抜けていき、意識が遠ざかっていくのを感じていた。

 椅子で眠り込んでしまったイライザを見ながら、リリは言った。

「……すまない、イザベラ……」

 イライザの足元に座り込み、安らかな息をたてているイライザの、額にかかる前髪を一筋、リリは指先で整えた。
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