東雲天音の欠片(番外編)
だが、そんなに上手くいかないのが現実だった。

「アマネ」

「何ですか?」

相変わらず俺の方見ないで、コーヒー啜りながら本捲ってるな。

「……あ、あのさ」

「…………」

俺が必死に勇気をかき集めていると、アマネはドボドボと角砂糖を放り込んでいる。

なるほど、苦かったのか。………じゃねぇ!!

「何してんだお前はぁぁぁぁぁ!!」

「見ての通り砂糖を入れてましたが?」

「入れすぎだっつうの!?」

コーヒーを取り上げると、アマネはムッと眉を寄せる。

何て言うか、前より表情は豊かになったなこいつ。

「………そ、それより。俺さ、まだお前に―」

俺が言いかけた時、タイミングを見計らったかのように、ベルの音が鳴った。お約束かよ!

事務所に降りると、グロー警部が立っていた。

「夜分にすまないね。いつもお世話になっている君達にダンスパーティーの招待状を渡そうと思ってね」

グロー警部が差し出した招待状を俺は受け取る。そこに書かれていた名前に俺は目を見開いた。

ダンスパーティーが開かれる場所は、俺とアマネが初めて出会った屋敷。正直犯人扱いされた苦い記憶から、あまりいい気分ではない。

だが、グロー警部の厚意を無下にする訳にもいかない。けれど、アマネの方がどうだろう?

俺はちらりとアマネを見る。

「……行きますか?」

「えっと、お前が良いなら」

俺を見上げるアマネに、俺は少し困りながら頷く。大事なのはアマネの意見だから。

………あ、でも一つ問題があった。前は調査のためもあったけど、アマネがドレスを着たがらなかったせいで、女装を強いられたんだ。

アマネが女らしい格好をしないのは、女である自分を望まなかった両親と、アマネに手を出した最低な縁談相手のせいだろう。

「ウィルにとって嫌な思い出の場所ですが、ウィルが行きたいなら良いですよ。それに、私と君が初めて出会った場所ですから、私は構いません」

「……俺も」

「二人の意見がまとまったようなら、ワタシは帰るぞ。それじゃあな」

グロー警部が帽子を軽く上げて会釈をすると、背を向けて出ていく。

「ところで、何か言いかけてませんでしたか?」

「…………何でもない」

タイミングを逃した俺は、今日は諦めることにした。
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