東雲天音の欠片(番外編)
「バルコニーって、やっぱ静かだな」

独り言のように呟いてから、俺は未だに静かなアマネを見る。

まだ俺に手を掴まれたまま俯いていて、時々吹く風がアマネの髪を揺らしていた。

何となく、それが気になって髪へと手を伸ばす。

「……アマネの髪って、昔から短かったのか?」

俺が髪に触れると、少しだけ肩を跳ねらして俺を見上げた。

「……いいえ。少なくとも、あの家にいた頃は、腰まで伸ばしてました。けれども、蔵の火事で髪が焦げて……全てを断ち切るために切ったんです」

アマネの言う「すべて」の中には、様々な意味があるだろう。

俺はアマネの腰に手を回す。

「……よし!踊るか」

そう言って笑うと、丁度ダンスホールの音楽が聞こえた。

だが、アマネは困ったように俺を見てから、目を伏せる。

「踊ったことありませんが。盆踊りなら知ってますけど」

「盆踊り?……良く分かんないが、今度披露してくれ。面白そうだから」

「嫌です」

即答して顔を反らすアマネに、俺はまた笑う。

「取り敢えず、ダンスは俺に合わせてくれればいいから。爺さんに教わったし」

爺さんから教わったダンスが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかったな。

「………」

まだどこか不安そうなアマネの手を引き、俺はステップを踏む。

アマネは運動神経は良いから、俺の動きに何とかついてきた。けど、やっぱり不慣れだと足を踏まれる。

「いっ……」

「すみません。……やっぱり止めませんか?」

俺が顔を歪ましたことに気づいたアマネが、俺から離れようと後ろに下がる。が、俺は離す気ゼロだ。

だって、せっかくこんなに近くにアマネがいるんだからな。

「おい、何で下がるんだよ」

俺は一歩距離を詰める。すると、アマネはまた一歩後ろに下がった。

冷静なアマネが、少し頬を赤くしながら俺から離れようとする姿に、悪戯心が湧く。

俺がまた距離を詰め、アマネがまた距離をとる。

そんなやり取りがいつまでも続く訳はなく、バルコニーの柵に当たったのか、アマネは動きを止めた。

これ以上下がれば落ちるだろう。そう分かってて俺は柵の方へ追い詰めた。

「………離れてください。ウィル」

「やだ」

「………」

俺の短い返事に、アマネは眉をひそめる。

「だって、俺はアマネといたいんだからしょうがないだろ?アマネが好きだから……いや」

俺はそこで、言葉を止めた。好きと言う言葉よりも、もっと深く、アマネを想っている。

なら、言うべき言葉は一つだろう。

俺はアマネの耳へと唇を寄せた。アマネの心に響くように、優しく。

「愛してる」

「!」

俺の囁きに、アマネは目を見開いた。驚いたという顔に笑いそうになるが、俺はアマネからの言葉を聞きたい。

「アマネは?」

「………す」

「聞こえないぞ?」

小声ってレベルじゃないほど、アマネの声は小さい。一応聞こえるように顔を寄せると、アマネは素早く俺の頬に口付けをした。

「え?……え?」

突然のことで驚いた俺は、目を丸くしていた。そして、そんな俺にアマネは笑う。

「好きですよ。ウィル」

………やばい。完全にしてやられた気がする。て言うか、そんなことしていいのか?多分分かってないぞこいつ。

「……名探偵さんに問題だ」

「何ですか?」

「今から俺が何をするのか当ててみろ」

俺の言葉に、アマネは珍しく考え込む。が、いつまでも大人しく待つ気はない。

「時間切れだな」

「!!………負けました」

重なった熱が離れると、アマネは諦めたようにため息を吐いた。

それに、俺は笑ってアマネの頭を撫でる。

「髪、また伸ばしてくれよ。絶対似合うから」

「……努力します」

< 5 / 9 >

この作品をシェア

pagetop