東雲天音の欠片(番外編)
「アマネ!」

「ウィル。……すみません、この後警部とお話が―」

「俺の話が終わってからな」

背を向けようとしたアマネを、フランツが言ったように抱き締める。

すると、アマネが戸惑ったようにウィルを見る。

「あの……」

「俺に何か不満があるなら、直接そう言ってくれ。お前が嫌だと思うところは、直すから」

「………いいえ。君に足りないところなんてありませんし、不満もありません。これは、私の我が儘なんです」

アマネの言葉に、ウィルは黙っていた。アマネの言葉の先を知るために。

「………私は、ウィルに謝らなければなりません」

「何で?」

「ウィルが欲しいものを、私はあげられないからです」

ウィルの欲しいものは、アマネだった。けれども、アマネの言葉には、別の意味が含まれているような気がした。

「俺は、アマネが欲しいけど」

「前に、ウィルは言いましたね。救貧院にいたから、暖かい家庭に憧れたと。……子供が沢山いる、そんな家庭がいいと」

それは、ウィルが子供の世話をしていた時、何気なくアマネに言った言葉だった。

アマネはお腹を抑え俯く。

「………私は………もう子供を望めないかもしれないと、私を診てくれた先生に言われたんです」

「………」

アマネのその震える声で、ウィルは息を飲んだ。

「最初の子は、あの後産まれることなく流れ、その影響なのか、私は子を望みにくい体になったと告げられました。あの時は、もう望めなくて良いと思っていましたが……」

アマネはそこで、ウィルを振り返る。彼女の瞳からは涙が溢れていた。

「君を好きになって、君との子供を望んでしまいました。でも………私は」

「アマネ」

アマネの唇に人差し指を当て、ウィルは笑う。

「約束しないか?」

「約束?………ですか?」

「お前は子供を望みにくい体になったって言ったけど、絶対出来ないって決まったわけではないだろ?」

ウィルの言葉に、アマネは困ったように眉を下げている。確かに、絶対出来ないと断言はされていない。

「だから、もし子供が出来たら、お前の本を書いてくれよ。お前が今まで生きた証、お前がいつか子供に見せられるように。お前の書いた本が、その子に受け継がれるように」

それは、ウィルなりの希望の与え方。

「いつかその本を書いてみせるって思えば、子供を望むことが怖くなくなる。お前は今怖がってるだけだ。もう得られないんじゃないかと、また失うんじゃないかとな」

そこで言葉を切り、アマネの額にウィルは自分の額をくっつけた。

「今度は、俺がいるから。俺が守る。何たって俺は、名探偵の助手だからな」

「……優秀な助手。ですよ」

アマネは笑った。

涙を流しながらも、嬉しそうに。

「………この流れで言うのもあれだとは思うけどさ……俺と結婚してください」

「ふつつかものですが。よろしくお願いします」

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