ドS上司の意外な一面
act:意外な優しさ5
***
「あの……」
ライブハウス前で気付いたことを言ってみようと、掴まれてた手首を何気なく触りながら、思いきって口を開いてみた。
「この恰好のままでライブに行くのは、ちょっとおかしくないですか?」
自分としては思いきって声に出したのに、ぼそぼそっと語尾が小さくなってしまった。
最初は無理矢理、鎌田先輩を引っ張って来てしまった。一緒に行くことしか頭になかったので、スーツ姿の有り様なのである。ライブハウスでは、間違いなく浮いてしまうだろうな。
「いつもこのスタイルで、ライブハウスに行ってますが?」
「えっ!?」
「お陰で、ファンにバレなくて済みます」
あっけらかんとした表情で、鎌田先輩は言い放ってきた。私は直ぐに見破れたというのに?
「気にせず、このまま行きましょう」
そう言って、ひとりでさっさと中に入って行く。少し躊躇いながら続いて入ってみたら、受付の店員さんが鎌田先輩と親しげな様子で、何やら話をしていた。
「今日はウチのイチオシメンバーが、三組もいる日なんですよ。ぜひぜひ最後まで聴いてやって下さい!」
両手で親しげに握手までされている様子に首をひねった。一体、何があったの?
「それではお言葉通り、最後まで鑑賞させてもらいます。さぁ中に入りますよ」
突然私の肩に手を回して、店の中へと誘導してくれた。中は薄暗い上にお客もかなり入っていて、正直動きにくい。だけど鎌田先輩のリードのお陰で、空いてる席に無事に座ることができた。
混み合っていた周りの様子に困惑しつつも、躰を密着させた鎌田先輩の存在を感じてしまって、んもぅ心臓が破裂しそうなほどドキドキする。
(薄暗くて良かった。ほっぺが熱い……)
コソッと目の前にある顔を伺うと、何事もなかったように、いつもの涼しい顔をしていた。女の人の扱いに慣れてるのかな。私ひとりでドキドキしてるのは、何だか損した気分――
「……何を怒っているんですか?」
唐突に、鎌田先輩の顔が近づいてきた。暗くても分かる、いつもと違う優しい眼差しに見えるのは、メガネがないせい?
「えっと……店員さんとのやり取りが、何だかおかしいなと思いまして」
鎌田先輩の視線のせいで、変な切り返しをしてしまった。
「ああ――向こうが勝手に、音楽業界の人間だと勘違いしたんです。話にそのまま乗せてもらいました」
さすがだな、私にはきっと無理。だって素直に、何でも白状してしまうから。
「で、不機嫌の本当の理由は何ですか?」
――何でバレてる!?
私ひとりがドキドキしているのが不服だとは、ハズカしくて言えるワケがない。
「私も鎌田先輩みたいに、仕事ができる人になりたいです」
誤魔化そうと適当なことを口走ってみた。でもこれは、正直な自分の気持ちだった。目の前にいる鎌田先輩は、いろんな意味で羨ましい。仕事ができるし、それなりに人望もある。一つ不満なのは、キツい言葉を使って怒らなければもっといいのにな。
「そうですね。これからはもう少し、物事に対して視野を広げて下さい。いろんな世界が見えて、きっといい勉強になりますから」
いつも通りの冷静な返答……職場にいるのと、ちっとも変わらない。
――何か違った、リアクションが欲しい。
「鎌田先輩は私といて、ドキドキしますか?」
その質問に、近寄ってた顔の位置があからさまに引かれてしまった。
「ドキドキしますよ、いろんな面で」
何故か、片側の口の端を上げて笑っている。
「真面目に答えてるのに変な切り返しをしてきて、かなりドキドキさせられましたし、先程の支離滅裂な発言も結構ドキドキしました」
「は……?」
「出会ったバンドの中で一番素敵とか言って、点数を稼いでやろうなんていう魂胆は、見え見えなんですよ」
そう言って私の鼻を、長い指でキュッと摘まんできた。
「ほんたんなんへ、ほんあぁ」(魂胆なんてそんなぁ)
「この俺を翻弄させようなんて、百年早いです」
メガネなしの眼差しは、どこまでも優しくて物言いは難だけど、すごく楽しそうに見える。しかも今『俺』って言った――普段は言わないのに。
目の前にいるのは、本当にカマキリなの? ものすごい大嫌いな先輩だったのに、ずっとドキドキしてる。――私おかしい、どうかしてる。
摘ままれていた鼻の指がデコピンの形に変化して、私のオデコに直撃した。
「イタイ……」
「何をぼーっとしてるんです、ステージにバンドが入りました。彼らですか?」
「えっと、違います」
「店員オススメのバンドの中に、入っていればいいのですが――」
始まった曲のテンポに合わせて長い足でリズムを刻む鎌田先輩から、目をそらすことができずにいた。職場で見る真剣な顔とは、また違った雰囲気。メガネがないだけなのに――
鎌田先輩が歌うボーカルの姿に絶句して、出会ったときと同じように周りの音が全く聞こえない状態になった――胸の鼓動が高鳴ったまま、一向に収まる気配を見せない様子に困惑するしかない。
こんな短期間で、恋に落ちたのは初めてだった。
「あの……」
ライブハウス前で気付いたことを言ってみようと、掴まれてた手首を何気なく触りながら、思いきって口を開いてみた。
「この恰好のままでライブに行くのは、ちょっとおかしくないですか?」
自分としては思いきって声に出したのに、ぼそぼそっと語尾が小さくなってしまった。
最初は無理矢理、鎌田先輩を引っ張って来てしまった。一緒に行くことしか頭になかったので、スーツ姿の有り様なのである。ライブハウスでは、間違いなく浮いてしまうだろうな。
「いつもこのスタイルで、ライブハウスに行ってますが?」
「えっ!?」
「お陰で、ファンにバレなくて済みます」
あっけらかんとした表情で、鎌田先輩は言い放ってきた。私は直ぐに見破れたというのに?
「気にせず、このまま行きましょう」
そう言って、ひとりでさっさと中に入って行く。少し躊躇いながら続いて入ってみたら、受付の店員さんが鎌田先輩と親しげな様子で、何やら話をしていた。
「今日はウチのイチオシメンバーが、三組もいる日なんですよ。ぜひぜひ最後まで聴いてやって下さい!」
両手で親しげに握手までされている様子に首をひねった。一体、何があったの?
「それではお言葉通り、最後まで鑑賞させてもらいます。さぁ中に入りますよ」
突然私の肩に手を回して、店の中へと誘導してくれた。中は薄暗い上にお客もかなり入っていて、正直動きにくい。だけど鎌田先輩のリードのお陰で、空いてる席に無事に座ることができた。
混み合っていた周りの様子に困惑しつつも、躰を密着させた鎌田先輩の存在を感じてしまって、んもぅ心臓が破裂しそうなほどドキドキする。
(薄暗くて良かった。ほっぺが熱い……)
コソッと目の前にある顔を伺うと、何事もなかったように、いつもの涼しい顔をしていた。女の人の扱いに慣れてるのかな。私ひとりでドキドキしてるのは、何だか損した気分――
「……何を怒っているんですか?」
唐突に、鎌田先輩の顔が近づいてきた。暗くても分かる、いつもと違う優しい眼差しに見えるのは、メガネがないせい?
「えっと……店員さんとのやり取りが、何だかおかしいなと思いまして」
鎌田先輩の視線のせいで、変な切り返しをしてしまった。
「ああ――向こうが勝手に、音楽業界の人間だと勘違いしたんです。話にそのまま乗せてもらいました」
さすがだな、私にはきっと無理。だって素直に、何でも白状してしまうから。
「で、不機嫌の本当の理由は何ですか?」
――何でバレてる!?
私ひとりがドキドキしているのが不服だとは、ハズカしくて言えるワケがない。
「私も鎌田先輩みたいに、仕事ができる人になりたいです」
誤魔化そうと適当なことを口走ってみた。でもこれは、正直な自分の気持ちだった。目の前にいる鎌田先輩は、いろんな意味で羨ましい。仕事ができるし、それなりに人望もある。一つ不満なのは、キツい言葉を使って怒らなければもっといいのにな。
「そうですね。これからはもう少し、物事に対して視野を広げて下さい。いろんな世界が見えて、きっといい勉強になりますから」
いつも通りの冷静な返答……職場にいるのと、ちっとも変わらない。
――何か違った、リアクションが欲しい。
「鎌田先輩は私といて、ドキドキしますか?」
その質問に、近寄ってた顔の位置があからさまに引かれてしまった。
「ドキドキしますよ、いろんな面で」
何故か、片側の口の端を上げて笑っている。
「真面目に答えてるのに変な切り返しをしてきて、かなりドキドキさせられましたし、先程の支離滅裂な発言も結構ドキドキしました」
「は……?」
「出会ったバンドの中で一番素敵とか言って、点数を稼いでやろうなんていう魂胆は、見え見えなんですよ」
そう言って私の鼻を、長い指でキュッと摘まんできた。
「ほんたんなんへ、ほんあぁ」(魂胆なんてそんなぁ)
「この俺を翻弄させようなんて、百年早いです」
メガネなしの眼差しは、どこまでも優しくて物言いは難だけど、すごく楽しそうに見える。しかも今『俺』って言った――普段は言わないのに。
目の前にいるのは、本当にカマキリなの? ものすごい大嫌いな先輩だったのに、ずっとドキドキしてる。――私おかしい、どうかしてる。
摘ままれていた鼻の指がデコピンの形に変化して、私のオデコに直撃した。
「イタイ……」
「何をぼーっとしてるんです、ステージにバンドが入りました。彼らですか?」
「えっと、違います」
「店員オススメのバンドの中に、入っていればいいのですが――」
始まった曲のテンポに合わせて長い足でリズムを刻む鎌田先輩から、目をそらすことができずにいた。職場で見る真剣な顔とは、また違った雰囲気。メガネがないだけなのに――
鎌田先輩が歌うボーカルの姿に絶句して、出会ったときと同じように周りの音が全く聞こえない状態になった――胸の鼓動が高鳴ったまま、一向に収まる気配を見せない様子に困惑するしかない。
こんな短期間で、恋に落ちたのは初めてだった。