ドS上司の意外な一面
act:意外な優しさ(鎌田目線5)
***
ライブハウスに着く直前、君の足が急に重くなる。自分達のスーツ姿に、どうやら違和感を覚えたらしい。
俺がいつもこの格好で行くと言うと、かなり驚いた様子だった。それでもまごまごしているので、その場に置いてきぼりにしてみる。少ししたら観念した顔の君が中に入ってきた。
店員が何故だか業界の人間と錯覚したお陰で、タダでライブを鑑賞することができてしまう。しかもオススメのバンドが三組いるという、前情報が手に入ったのもラッキーだった。
相変わらずしょぼくれた君を何とかしたくて、思いきって肩に手を回してみる。華奢な躰がビクッとして一瞬強張ったが、すぐに緊張をといてくれた。
その様子を横目で見て、内心ほっとしながらライブ会場に入る。思ったより狭いところだったので、動きが取りにくい状況に眉根を寄せた。
(他のヤツに、彼女を触れさせてたまるか)
回した腕に力を入れながら強引に君を壁側に寄せながら客の合間を縫っていると、空いている席が隅の方にあったので、そこに座らせる。
途中何度か視線を感じたが、スルーさせてもらった。目を合わせたらきっと、大変なコトになるのは明白だ。
席に着いて君の顔を盗み見すると、何だかふくれていた。理由が、さっぱり分からない――何かあったのだろうかと、顔を近づけてみる。
「何を怒っているんですか?」
なのに君は変な切り返しをして、理由をなかなか言わない。その上……
「鎌田先輩は私といて、ドキドキしますか?」
なぁんて質問までしてきた。何かを悟られそうで、思わず顎を引くしかない。怒っている理由同様に、一体何を考えているのかさっぱり分からない。
会社では君の失敗にドキドキさせられたり、行動を見てるだけでいろいろ危なっかしいし、常にあどけない表情を周りに見せるから、ハラハラさせられっぱなしなんだが――
ちょっと憎たらしくなって、君の鼻を摘まんでしまった。可愛いを通り越して何とやら。この俺が、こんなに翻弄させられるとは……。
これまでいろんな女性と付き合ってきたが、長続きしても半年。好きになってもなかなか告白できずにいたら、男ができたことが二回。やっとの思いで告白して付き合ってもイメージと違うと言われ、振られたことが何度あっただろう。
『私がいなくても、アナタはひとりでやっていけるわ。だから平気よね』
と振られたのがちょうど三年前か。
年上の女性と自分の意に反した行動を強要させる女性が苦手だったので、付き合わないようにしていたのだが、さっき社内で連れまわされたのは、明らかに意に反した行動だった。それなのに引きずられるように歩かされても、全然嫌じゃなかった。
――俺、丸くなったのかな。
ぼんやりと君を見る。
あまりの可愛らしさに、思わずデコピンをお見舞いした。この行動の半分は、八つ当たりだったのかもしれない。
本当は残業をしなければならないくらい仕事がたまっていたのに、それよりも君と一緒にこうしてライブに行けるという、魅力的な仕事を優先してしまった。明日は間違いなく残業が決定だけど今のデコピンで、ちょっとだけ気分が晴れてしまうなんてな。
心を躍らせるような音楽を聴きながら、傍に君がいることの喜びをしっかりと噛み締める――
結局、君贔屓のバンドに会えないまま、ライブハウスをあとにした。
傍に君がいるだけで勝手に体温が上昇したので、上着を脱いで涼しい夜風に身を任せる。
思いきって予定表を渡した理由を教えてみたのに、君はずっと俯いたままだった。何か気に入らないことでも、いつの間にかやってしまったのだろうか――?
そう考えていたら、ため息をつくと同時にゆっくりと顔を上げる君。
頼りないとか儚いとか何だかよく分からない雰囲気を醸している君を、このままひとりで帰すわけにはいかなかったので、迷う事なく家まで送ると提案してみた。
自宅を知っている理由を聞かれたが、曖昧に返答するしかない。たまぁに遠回りして、君の自宅前を通って帰宅していたのだ。そんなことは口が裂けても言えない。一見、ストーカーだから尚更。
元気のない君を何とかしたくて、
「バンドの俺と仕事の俺、どっちがイイですか?」
なぁんて質問してみた。君の突飛な質問に対抗したら目を大きく見開き、ぽかんとした顔をする。
俺がじっと見つめた途端にあたふたして落ち着きのない、いつもの君に戻った。
(――見事、作戦成功!)
だけどここから会話をどう展開していったらいいのか分からなくなり、無言のまま君の自宅に着いてしまう。
「今日サボってしまった分だけたくさん仕事がありますので、覚悟しておいて下さい。おやすみなさい」
そう言って別れた。君はその場に佇んだまま、こっちをじっと見ている。
少々、イジメすぎただろうか――今日一日でいろんな顔の君を見ることができて、俺としては嬉しいんだけどね。
ライブハウスに着く直前、君の足が急に重くなる。自分達のスーツ姿に、どうやら違和感を覚えたらしい。
俺がいつもこの格好で行くと言うと、かなり驚いた様子だった。それでもまごまごしているので、その場に置いてきぼりにしてみる。少ししたら観念した顔の君が中に入ってきた。
店員が何故だか業界の人間と錯覚したお陰で、タダでライブを鑑賞することができてしまう。しかもオススメのバンドが三組いるという、前情報が手に入ったのもラッキーだった。
相変わらずしょぼくれた君を何とかしたくて、思いきって肩に手を回してみる。華奢な躰がビクッとして一瞬強張ったが、すぐに緊張をといてくれた。
その様子を横目で見て、内心ほっとしながらライブ会場に入る。思ったより狭いところだったので、動きが取りにくい状況に眉根を寄せた。
(他のヤツに、彼女を触れさせてたまるか)
回した腕に力を入れながら強引に君を壁側に寄せながら客の合間を縫っていると、空いている席が隅の方にあったので、そこに座らせる。
途中何度か視線を感じたが、スルーさせてもらった。目を合わせたらきっと、大変なコトになるのは明白だ。
席に着いて君の顔を盗み見すると、何だかふくれていた。理由が、さっぱり分からない――何かあったのだろうかと、顔を近づけてみる。
「何を怒っているんですか?」
なのに君は変な切り返しをして、理由をなかなか言わない。その上……
「鎌田先輩は私といて、ドキドキしますか?」
なぁんて質問までしてきた。何かを悟られそうで、思わず顎を引くしかない。怒っている理由同様に、一体何を考えているのかさっぱり分からない。
会社では君の失敗にドキドキさせられたり、行動を見てるだけでいろいろ危なっかしいし、常にあどけない表情を周りに見せるから、ハラハラさせられっぱなしなんだが――
ちょっと憎たらしくなって、君の鼻を摘まんでしまった。可愛いを通り越して何とやら。この俺が、こんなに翻弄させられるとは……。
これまでいろんな女性と付き合ってきたが、長続きしても半年。好きになってもなかなか告白できずにいたら、男ができたことが二回。やっとの思いで告白して付き合ってもイメージと違うと言われ、振られたことが何度あっただろう。
『私がいなくても、アナタはひとりでやっていけるわ。だから平気よね』
と振られたのがちょうど三年前か。
年上の女性と自分の意に反した行動を強要させる女性が苦手だったので、付き合わないようにしていたのだが、さっき社内で連れまわされたのは、明らかに意に反した行動だった。それなのに引きずられるように歩かされても、全然嫌じゃなかった。
――俺、丸くなったのかな。
ぼんやりと君を見る。
あまりの可愛らしさに、思わずデコピンをお見舞いした。この行動の半分は、八つ当たりだったのかもしれない。
本当は残業をしなければならないくらい仕事がたまっていたのに、それよりも君と一緒にこうしてライブに行けるという、魅力的な仕事を優先してしまった。明日は間違いなく残業が決定だけど今のデコピンで、ちょっとだけ気分が晴れてしまうなんてな。
心を躍らせるような音楽を聴きながら、傍に君がいることの喜びをしっかりと噛み締める――
結局、君贔屓のバンドに会えないまま、ライブハウスをあとにした。
傍に君がいるだけで勝手に体温が上昇したので、上着を脱いで涼しい夜風に身を任せる。
思いきって予定表を渡した理由を教えてみたのに、君はずっと俯いたままだった。何か気に入らないことでも、いつの間にかやってしまったのだろうか――?
そう考えていたら、ため息をつくと同時にゆっくりと顔を上げる君。
頼りないとか儚いとか何だかよく分からない雰囲気を醸している君を、このままひとりで帰すわけにはいかなかったので、迷う事なく家まで送ると提案してみた。
自宅を知っている理由を聞かれたが、曖昧に返答するしかない。たまぁに遠回りして、君の自宅前を通って帰宅していたのだ。そんなことは口が裂けても言えない。一見、ストーカーだから尚更。
元気のない君を何とかしたくて、
「バンドの俺と仕事の俺、どっちがイイですか?」
なぁんて質問してみた。君の突飛な質問に対抗したら目を大きく見開き、ぽかんとした顔をする。
俺がじっと見つめた途端にあたふたして落ち着きのない、いつもの君に戻った。
(――見事、作戦成功!)
だけどここから会話をどう展開していったらいいのか分からなくなり、無言のまま君の自宅に着いてしまう。
「今日サボってしまった分だけたくさん仕事がありますので、覚悟しておいて下さい。おやすみなさい」
そう言って別れた。君はその場に佇んだまま、こっちをじっと見ている。
少々、イジメすぎただろうか――今日一日でいろんな顔の君を見ることができて、俺としては嬉しいんだけどね。