ドS上司の意外な一面
act:意外な展開8
***
その日鎌田先輩は昨日同様出張だったらしく、顔を合わせられなかった。いつも通り私は仕事を終えて、会社をあとにする。
「あのライブハウス、ちょっと距離があるんだよな」
自宅に帰って着替えをしていたら、開演時間に間に合わない。意を決してこの間のように、スーツ姿で行くことにした。
「――上司命令、か」
一緒に仕事をしてきて、言われたのは初めてである。どんだけ自分勝手な上司なんだか。
ちょっとだけ笑いながら、急ぎ足で大通りを歩いた。
頭に浮かんでくるのは鮮やかに仕事をこなしている姿だったり、昨日の会議中のみんなの前で、堂々とレクチャーしている姿だったり。だけど遠かったな――自分と鎌田先輩との席の距離が、何となく今の状態を表しているように思えた。
普段私のことをガミガミ叱っていたのに(叱られるような仕事しかしていないのも悪いけど)昨日突然抱きしめられて、すっごくドキドキした。だから考えれば考えるほど謎だったりする。
足取りが重いままいろいろと考えていたら、ライブハウス前に来ていた。
ライブはもう始まっているらしく、外まで歓声が聞こえてくる。
「悩んでいても始まらない、上司命令って言われてるし。これは仕事なのよ」
思いきって、店の中へと足を踏み入れてみた。前回と同じく満員御礼のライブハウス。観客の間を縫うように歩いて、後ろの方の空いてるところからステージを眺めた。
スポットライトの中にいるメンバー全員がこの間見たラフな格好じゃなく、なぜかスーツ姿で演奏していた。観客達はみんなノリノリで、曲に合わせて踊っていたり、何かを振り回したりと大盛況だった。
「すごいな……」
ステージ上の鎌田先輩の姿に釘付けになる。一番後ろから見ているせいだろうか。会議の時のような距離感を覚えた。
すごく遠い――その距離感にしんみりと感傷的になっていたら、鎌田先輩とバッチリ目が合った。
次の瞬間、突然拳を突き上げたと思ったらピースサインをする。アップテンポな曲が、フェードアウトで終わってしまった。
いきなりのことに観客達はざわめき始めた、当然だ。あんなにノリノリだったんだから。
鎌田先輩はステージの中央に立ち、マイクを握りしめて静かに話を始めた。
「突然曲を終わらせてしまい、申し訳ないです。実は告白したい人が、今ここに来たんです」
そう言うと観客の中で「いやぁ」と叫んでいる女の人が、何人かいた。
「メロディラインは完成していたのですが、まだ一番しか歌詞ができていなくて……。本当は全てを完成させてから、彼女を呼ぶつもりでした」
そう言って、私をじっと見つめる。
「だけど自分の気持ちをどうしても抑えられなくなってしまい、彼女をここに呼びました。聞いてください、Clumsy Love」
ドラムもベースも演奏することはなく、ギターと鎌田先輩のふたりだけで、スローテンポな曲が始まった。
彩りのない毎日の中で 君に出会った
君と接していくうちに 周りの景色が鮮やかな色彩に変わる
追われる仕事を放り出し 追いかける恋愛
そんな不器用な日々の中で 君をどんどん好きになる
頼りないところや勝気な瞳 全部好きさ
――愛してる
歌にしなければ伝えられない 君への気持ち
こんな臆病な俺でもいいかい?
優しいメロディと歌詞が、じわりと心の中に沁み込んできた。
――鎌田先輩が私のことを好き?
気がついたら涙が流れていた。驚きすぎて思わず、ライブハウスを飛び出してしまったのである。
両想い……だけど私には鎌田先輩は勿体ない。不相応だよ――そう思ってしまったのだった。
その日鎌田先輩は昨日同様出張だったらしく、顔を合わせられなかった。いつも通り私は仕事を終えて、会社をあとにする。
「あのライブハウス、ちょっと距離があるんだよな」
自宅に帰って着替えをしていたら、開演時間に間に合わない。意を決してこの間のように、スーツ姿で行くことにした。
「――上司命令、か」
一緒に仕事をしてきて、言われたのは初めてである。どんだけ自分勝手な上司なんだか。
ちょっとだけ笑いながら、急ぎ足で大通りを歩いた。
頭に浮かんでくるのは鮮やかに仕事をこなしている姿だったり、昨日の会議中のみんなの前で、堂々とレクチャーしている姿だったり。だけど遠かったな――自分と鎌田先輩との席の距離が、何となく今の状態を表しているように思えた。
普段私のことをガミガミ叱っていたのに(叱られるような仕事しかしていないのも悪いけど)昨日突然抱きしめられて、すっごくドキドキした。だから考えれば考えるほど謎だったりする。
足取りが重いままいろいろと考えていたら、ライブハウス前に来ていた。
ライブはもう始まっているらしく、外まで歓声が聞こえてくる。
「悩んでいても始まらない、上司命令って言われてるし。これは仕事なのよ」
思いきって、店の中へと足を踏み入れてみた。前回と同じく満員御礼のライブハウス。観客の間を縫うように歩いて、後ろの方の空いてるところからステージを眺めた。
スポットライトの中にいるメンバー全員がこの間見たラフな格好じゃなく、なぜかスーツ姿で演奏していた。観客達はみんなノリノリで、曲に合わせて踊っていたり、何かを振り回したりと大盛況だった。
「すごいな……」
ステージ上の鎌田先輩の姿に釘付けになる。一番後ろから見ているせいだろうか。会議の時のような距離感を覚えた。
すごく遠い――その距離感にしんみりと感傷的になっていたら、鎌田先輩とバッチリ目が合った。
次の瞬間、突然拳を突き上げたと思ったらピースサインをする。アップテンポな曲が、フェードアウトで終わってしまった。
いきなりのことに観客達はざわめき始めた、当然だ。あんなにノリノリだったんだから。
鎌田先輩はステージの中央に立ち、マイクを握りしめて静かに話を始めた。
「突然曲を終わらせてしまい、申し訳ないです。実は告白したい人が、今ここに来たんです」
そう言うと観客の中で「いやぁ」と叫んでいる女の人が、何人かいた。
「メロディラインは完成していたのですが、まだ一番しか歌詞ができていなくて……。本当は全てを完成させてから、彼女を呼ぶつもりでした」
そう言って、私をじっと見つめる。
「だけど自分の気持ちをどうしても抑えられなくなってしまい、彼女をここに呼びました。聞いてください、Clumsy Love」
ドラムもベースも演奏することはなく、ギターと鎌田先輩のふたりだけで、スローテンポな曲が始まった。
彩りのない毎日の中で 君に出会った
君と接していくうちに 周りの景色が鮮やかな色彩に変わる
追われる仕事を放り出し 追いかける恋愛
そんな不器用な日々の中で 君をどんどん好きになる
頼りないところや勝気な瞳 全部好きさ
――愛してる
歌にしなければ伝えられない 君への気持ち
こんな臆病な俺でもいいかい?
優しいメロディと歌詞が、じわりと心の中に沁み込んできた。
――鎌田先輩が私のことを好き?
気がついたら涙が流れていた。驚きすぎて思わず、ライブハウスを飛び出してしまったのである。
両想い……だけど私には鎌田先輩は勿体ない。不相応だよ――そう思ってしまったのだった。