ドS上司の意外な一面
act:意外な優しさ(鎌田目線)
***

 考えのまとまらない頭で職場に行くのは、本当に苦痛だった。どんな顔で、彼女の前に出ればいいのだろうか――

 ふと前を見ると彼女がボーッとした様子で肩を落とし、下を向いたままとぼとぼ歩いていた。もしかして、自分と同じように悩んでいるのか?

 同じ部署に行くので、あとをつける形になる。しかも俯いたまま歩いている姿は、どうにも危なっかしく見えた。

 声をかけようか躊躇っていたら、壁に向かって真っ直ぐ迷いなく進んで行く。

(――あれは間違いなく、壁に激突するな)

 彼女を守るべく駆け出して前に回りこみ、華奢な両肩をそっと掴んだ。手の平に伝わる、じわりとした彼女のぬくもり。その愛しさを心の中に、ぎゅっと噛み締めた。

 どこかポカンとしたままの彼女が、不意に自分を見上げる。

 あまりの無防備さにときめいてしまって、肩を掴んでいた手に思わず力が入ってしまった。

(マズい、抱きしめたい――)

 それを悟られぬように、急いで手を放して距離をとる。ドキドキが伝わっていなければいいが。

 胸の鼓動を隠すように、ぶっきらぼうに挨拶してしまった。思っていたよりも無機質な声になってしまい、内心気落ちするも彼女もその声に驚いたのか、慌てて挨拶をする。

 それだけでなく視線を合わせないよう、あらぬ方向を見ている姿があって。

 ――ああ、完全に嫌われた――

 鈍器で頭を打ち付けられたようなショックで思わず、

「……昨日」

 なんて唐突に口走ってしまい、ひどく動揺した。考えが全くまとまっていない上に、マトモな話をする心の準備が出来ていない状態なのに。

 慌てふためく俺を見て、仕方なさそうに彼女が視線を合わせてきた。またまた無防備な顔にドギマギする。

 ――何か、言わなくては……。考えれば考える程、声を出すことが出来ない。無能すぎる。

 彼女が何か言いたげに唇が動いた瞬間、それをやっと思い出した。

「……っ、昨日頼んだ書類は、出来ていますか?」

 彼女の顔にしまったとハッキリ書かれていて、思わず苦笑いをする。今日午後から使う書類なので、早急に仕上げてもらわねばならないというのに。

 ドジしやすい彼女に時間厳守を釘刺して、逃げるようにその場をあとにした。朝からこんな様子で、まともに一日が過ごせるんだろうか。いつも以上にドキドキしてしまった。

 彼女から見えないように深いため息をつきながら、働いている部署に入ったのだった。
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