ドS上司の意外な一面
***

「いやぁ新婚さんのお宅にお邪魔するのは、何だか緊張するなぁ」

 けん坊は居心地悪いのか、何度もソファに座り直す。

「だから俺が、お土産を届けるって言ったのに」

「ダメダメ。今、叶とまさやんが逢ったら、赤ちゃんが生まれちゃうかもしれないから」

「何だよそれ……」

 新婚旅行を数日間満喫し、日本に帰国――知り合いにお土産を配るべく、本日休暇をとっていたのだが。

 けん坊こと、山田賢一宅に届けようとしたら、なぜだか拒否られたのである。

「最近の叶、お腹が大きくなって、胃が押し上げられててさ。唯一の楽しみのお食事が満足にできなくて、すっごくイライラしてるんだ。こんなときに犬猿の仲のまさやんに逢ったら、怒りの勢いで生んでしまうかもしれない」

 肩をすくめながら、恐々と語るけん坊。

 俺とけん坊の仲を羨むあまり、何かあると突っかかってくるけん坊の奥さんには、正直辟易していた。

「お待たせしました、粗茶ですがどうぞ」

「有り難う、ひーちゃん」

「……ひーちゃんって、何だ?」

「正仁さんも、ちゃん付けで私を呼んでみます?」

 隣に座って楽しげに聞いてくれたのだが、勿論速攻断ってやった。

「君たちは一体いつから、仲良しになったんですか?」

 眉間に深いシワを寄せながら、渋々訊ねてみる。

「えっと正仁さんと付き合うようになって、しばらくして山田さんに呼び出されたときでしたよね?」

「そうそう! 俺の裏工作で、ひーちゃんに多少なりとも危害が加わったらしいことを、まさやんから聞いたから、一言謝りたいと思ってさ。いろいろ話し込んでる内に、自然と仲良くなったんだよね」

 俺は片側の口角を上げながら、けん坊を凝視してやった。

「ほほぅ。俺の目を盗んで彼女を呼び出すなんて、大胆なことをしたものですね」

「まさやん、目が笑ってないから怖いよ」

 顔を引きつらせながら、ビクビクする。

「しかもいろいろ、話をしたと言った所を考えると――」

「違うんですよ正仁さん。山田さんから正仁さんの屈折した性格を、何とか理解してあげて欲しいって頼まれたんです。ときには傷つくことがあるかもしれないけど、そういう場合は相談にのるからって」

 俺がぶちキレる三秒前に、慌てて宥めに入る君。

「ほほぅ。俺の屈折した性格で、さぞかし苦労しているからな。けん坊……」

「ちょっ、ひーちゃん違うよ! 屈折した性格じゃなく、素直じゃない性格って言ったんだってばっ」

「あれれ? そうでしたっけ?」

 慌てふためくけん坊と小首を傾げる君。そして怒りの矛先を、どこに向けていいのか分からない俺。

 全ては自分の性格の悪さからきているのだが――。

 君はきょとんとして、俺の顔をじっと見る。けん坊にいたっては、ポカンとしていた。

「ひとみちゃんだから、ひーちゃんってあだ名、つけてみたんだけど?」

「この年になって、ちゃん付けは新鮮ですね」

 二人して顔を見合わせながら、楽しそうに話す。俺なんかつい最近なってやっと君のことを、名前で呼び始めたというのに。
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