ドS上司の意外な一面
だけど他人から、正仁さんの情報を聞けたのはラッキーだった。普段聞いても、端的にしか教えてもらえないから。
心を躍らせながら呼吸を整えて、会長室の扉を軽快にノックした。
「どうぞ、ひとみちゃんでしょ。今、手が離せないから勝手に入って来て」
中から女の人の声が聞こえてきた。多分蓮さんかな?
恐るおそる扉を開けて、中に入ってみる。
「失礼します」
ゴージャスな会長室の内部にまったく似合わない可愛らしいベビーベットが、部屋の隅に置かれているのが目に留まった。傍で蓮さんが赤ちゃんを抱っこしていた。
「今さっき、おっぱいあげてたの。このコなかなか、ゲップしてくれないのよね」
縦抱きして背中をさする姿は、しっかりした母親の姿って感じ――
「お久しぶりでした、すっかりご無沙汰してしまって。しかも先週お伺いするはずだったのに、行けなくなって申し訳ないです」
「ううん、別にいいのよ。ひとみちゃんってば、何だか人妻オーラが漂って綺麗になったみたい」
まじまじと私の顔を見つめてきたので、何だか照れてしまう。
「蓮さんこそ。母親業がすっかり板についてるみたいです。隆之助くん、寝てしまってますよ」
「あらやだ、ホントに寝ちゃってるわ」
ベビーベットにそっと寝かせると、可愛らしい寝顔が見放題だ。
「会長室にベビーベットを置いてるなんて、びっくりしました」
躊躇いがちに言ってみたら腕を組み、ため息をつく蓮さん。
「おじいちゃんが隆之助に、自分の仕事ぶりを見せるって張り切っちゃってね。まだ小さいから分からないっちゅーの」
「きっと、隆之助くんが可愛いんですね」
今川部長さんのトコにお嫁入りした蓮さん。蓮さんが会社に来れば、必然的に隆之助くんがくっついて来るもんな。
「おじいちゃんだけじゃないのよ。仕事中だっていうのに、マットまで顔を出しちゃってさー」
「いいじゃないですか、少しくらい」
笑いながら言うと、右手人差し指を目の前でワイパーのように振る。
「甘いわよ。他の社員の目があるんだから、きちんと仕事しないと。そんな甘々だから、あのメガネにいいようにコキ使われるんでしょ」
あのメガネで用事を思い出した。しっかりとお土産を渡さねば。
「あはは、そんなにコキ使われてないですよ。遅れてしまいましたがこれ、新婚旅行のお土産です」
「有り難う。何かあのメガネが新婚生活で、ラブラブしてる姿が思い付かないのよねぇ。どちらかと言えば、ひとみちゃんをいいようにコキ使ってる姿が思い浮かぶんだ。だって痩せたよね」
また私の顔を、穴が開きそうな勢いでじいっと見つめる。
「う~ん、正直、体重変わってないですけどね。むしろ正仁さんの方が何でもできちゃうので、進んで手伝ってくれますよ」
「へぇ、ヤツも家事ができる男なのか。今度マットと料理対決でもさせようかしら」
面白そうにほくそ笑む蓮さん。
(おっと正仁さんの情報は、与えちゃいけないんだった)
「そっ、それじゃあ会社に戻ります。今度ゆっくり、隆之助君の話を聞かせて下さいね」
「うん。わざわざ届けてくれて、どうも有り難う」
隆之助くんが寝ているので、音をたてないように扉を開けてしっかりと一礼してから、ゆっくりと閉めた。
フーッとため息ついて向きを変えようとしたら、誰かとぶつかりそうになる。
「っ……すみませんっ!」
慌てて会長室の扉に、背を付けて飛び退いた。ぶつかりそうになったその人は、何故だか私の顔を凝視してくる。グラビア女優ような、美人の知り合いはいない。
「貴女、正仁の奥さん?」
美人の口から正仁さんの名前が呼び捨てで告げられたせいで、たじろぐしかなかった。
「そうですけど……」
正仁さんと付き合っていく上で、山田さんにいろいろ聞いていた女性遍歴――多分彼女は、山田さんが正仁さんに紹介した、女カマキリだろうとピンときた。
「正仁は元気にしているの?」
「すこぶる元気です」
「可愛らしい奥さんができて、彼も幸せね。私が振ったお陰で」
「半年間しか、お付き合いしていなかったんでしたっけ?」
微笑む彼女に頑張って、質問を投げかけてみる。
「そうよ。だって仕事はできる人だけど、出世しなさそうだったから。付き合っていてもメリットもなさそうだったし。まぁ連れて歩くには、最高の男だったけどね」
確かに並んで歩いたら美男美女。絵になるカップルだよ。
「私は美人でもないしスタイルも良しとは言えないですが、ドMですから正仁さんは選んでくれたんだと思います」
「貴女……自分が、何を言ってるのか分かってるの?」
怪訝そうな顔をした彼女に向かって、精一杯微笑んでみせる。
「ドMのMはマジのMです。出世なんて関係ありません、正仁さん自身が好きなんです」
「ふふっ、面白い女性を伴侶にしたのね。なかなかやるじゃない」
「どうも……」
「正仁に伝えてちょうだい、また合コン企画してねって。貴女のような面白いコに、巡り逢えるかもしれないじゃない」
私に投げキッスをして、颯爽と去って行った美人。
イケメンと美人に合コンの話を持ちかけられたけど、正仁さんに話をしていいんだろうか。
一抹の不安を抱えながら、山田さんの会社を後にした。
心を躍らせながら呼吸を整えて、会長室の扉を軽快にノックした。
「どうぞ、ひとみちゃんでしょ。今、手が離せないから勝手に入って来て」
中から女の人の声が聞こえてきた。多分蓮さんかな?
恐るおそる扉を開けて、中に入ってみる。
「失礼します」
ゴージャスな会長室の内部にまったく似合わない可愛らしいベビーベットが、部屋の隅に置かれているのが目に留まった。傍で蓮さんが赤ちゃんを抱っこしていた。
「今さっき、おっぱいあげてたの。このコなかなか、ゲップしてくれないのよね」
縦抱きして背中をさする姿は、しっかりした母親の姿って感じ――
「お久しぶりでした、すっかりご無沙汰してしまって。しかも先週お伺いするはずだったのに、行けなくなって申し訳ないです」
「ううん、別にいいのよ。ひとみちゃんってば、何だか人妻オーラが漂って綺麗になったみたい」
まじまじと私の顔を見つめてきたので、何だか照れてしまう。
「蓮さんこそ。母親業がすっかり板についてるみたいです。隆之助くん、寝てしまってますよ」
「あらやだ、ホントに寝ちゃってるわ」
ベビーベットにそっと寝かせると、可愛らしい寝顔が見放題だ。
「会長室にベビーベットを置いてるなんて、びっくりしました」
躊躇いがちに言ってみたら腕を組み、ため息をつく蓮さん。
「おじいちゃんが隆之助に、自分の仕事ぶりを見せるって張り切っちゃってね。まだ小さいから分からないっちゅーの」
「きっと、隆之助くんが可愛いんですね」
今川部長さんのトコにお嫁入りした蓮さん。蓮さんが会社に来れば、必然的に隆之助くんがくっついて来るもんな。
「おじいちゃんだけじゃないのよ。仕事中だっていうのに、マットまで顔を出しちゃってさー」
「いいじゃないですか、少しくらい」
笑いながら言うと、右手人差し指を目の前でワイパーのように振る。
「甘いわよ。他の社員の目があるんだから、きちんと仕事しないと。そんな甘々だから、あのメガネにいいようにコキ使われるんでしょ」
あのメガネで用事を思い出した。しっかりとお土産を渡さねば。
「あはは、そんなにコキ使われてないですよ。遅れてしまいましたがこれ、新婚旅行のお土産です」
「有り難う。何かあのメガネが新婚生活で、ラブラブしてる姿が思い付かないのよねぇ。どちらかと言えば、ひとみちゃんをいいようにコキ使ってる姿が思い浮かぶんだ。だって痩せたよね」
また私の顔を、穴が開きそうな勢いでじいっと見つめる。
「う~ん、正直、体重変わってないですけどね。むしろ正仁さんの方が何でもできちゃうので、進んで手伝ってくれますよ」
「へぇ、ヤツも家事ができる男なのか。今度マットと料理対決でもさせようかしら」
面白そうにほくそ笑む蓮さん。
(おっと正仁さんの情報は、与えちゃいけないんだった)
「そっ、それじゃあ会社に戻ります。今度ゆっくり、隆之助君の話を聞かせて下さいね」
「うん。わざわざ届けてくれて、どうも有り難う」
隆之助くんが寝ているので、音をたてないように扉を開けてしっかりと一礼してから、ゆっくりと閉めた。
フーッとため息ついて向きを変えようとしたら、誰かとぶつかりそうになる。
「っ……すみませんっ!」
慌てて会長室の扉に、背を付けて飛び退いた。ぶつかりそうになったその人は、何故だか私の顔を凝視してくる。グラビア女優ような、美人の知り合いはいない。
「貴女、正仁の奥さん?」
美人の口から正仁さんの名前が呼び捨てで告げられたせいで、たじろぐしかなかった。
「そうですけど……」
正仁さんと付き合っていく上で、山田さんにいろいろ聞いていた女性遍歴――多分彼女は、山田さんが正仁さんに紹介した、女カマキリだろうとピンときた。
「正仁は元気にしているの?」
「すこぶる元気です」
「可愛らしい奥さんができて、彼も幸せね。私が振ったお陰で」
「半年間しか、お付き合いしていなかったんでしたっけ?」
微笑む彼女に頑張って、質問を投げかけてみる。
「そうよ。だって仕事はできる人だけど、出世しなさそうだったから。付き合っていてもメリットもなさそうだったし。まぁ連れて歩くには、最高の男だったけどね」
確かに並んで歩いたら美男美女。絵になるカップルだよ。
「私は美人でもないしスタイルも良しとは言えないですが、ドMですから正仁さんは選んでくれたんだと思います」
「貴女……自分が、何を言ってるのか分かってるの?」
怪訝そうな顔をした彼女に向かって、精一杯微笑んでみせる。
「ドMのMはマジのMです。出世なんて関係ありません、正仁さん自身が好きなんです」
「ふふっ、面白い女性を伴侶にしたのね。なかなかやるじゃない」
「どうも……」
「正仁に伝えてちょうだい、また合コン企画してねって。貴女のような面白いコに、巡り逢えるかもしれないじゃない」
私に投げキッスをして、颯爽と去って行った美人。
イケメンと美人に合コンの話を持ちかけられたけど、正仁さんに話をしていいんだろうか。
一抹の不安を抱えながら、山田さんの会社を後にした。