ドS上司の意外な一面
***
さっき、正仁さんからメールがきた。
『けん坊と今川部長呑んでます。二軒目に行くので、多分遅くなるから先にに寝て管♡』
管って菅と読みそうになるけど、くだだよね。酔っている中で打ったから、間違っているんだろうな。
「初めてメールにハートマークを入れてくれたのに、これを保存すべきなのかどうか悩む」
そして布団に入ったときに、タイミングよく叶さんからメールがきた。
『うちの賢一がまさやんくんに、かなりお酒呑ませたみたいで凄く酔ってるみたいなの。いつもの様子と違うから、驚かないでねとの事でした。何でも今は綺麗なお姉さまがいるお店で、楽しく呑んでいるそうよ』
綺麗なお姉さまがいるお店――正仁さんならきっと、ちやほやされてそう。
叶さんに有り難うございますとメールをしてから、再び布団に入って目を閉じた。
どれくらい時間が経ったんだろ――うつらうつらしていたら、玄関で鍵を開ける音が聞こえてきた。八朔が足元からジャンプして、慌ててお出迎えに行く。私は右目を擦りながら、ベットからゆっくり起き上がった。
「ただいま八朔ぅ、いつもお出迎えご苦労!」
「に゛、にゃあ!?」
――ん? 何か八朔が、変な鳴き声をしたような?
「おいおい! そんなに身構えなくていいだろ、捕って食ったりしないから」
正仁さん、いつもよりテンション高いのは酔ってるせいなのかな。
八朔が玄関から慌てた様子で、こっちに戻って来た。私の顔をじっと見て、何かを訴えているような感じ。お出迎えするのが、正直コワいんですけど――
八朔の頭を撫でてから、恐るおそる居間に顔を出した。
「正仁さん、おかえりなさい……」
(まさか頭にネクタイを巻いて、グダグダの状態じゃないよね)
声をかけた私の目に飛び込んできたのは、背広を玄関にネクタイは床に落とし、今まさに靴下を片足立ちで脱ごうと、フラフラしている正仁さんだった。
「ただいまひとみ、今帰った。何だ、全裸で待ってなかったんだ」
「へっ!?」
「愛しの旦那が帰ったんだから、リクエストに答えろ。はい全裸でベットに待機、今すぐに!」
「はあぁ!?」
片足で器用に脱いだ靴下をそこら辺に放り投げてから、私に向かって右手人差し指でビシッと命令をする。赤ら顔じゃなきゃ、格好よく決まるだろうに。
ここのところの休日出勤や残業に接待と、まとまった休みが取れていないせいで、体が疲れているのかもしれない。それで、お酒がまわっていると見た。いつもなら、こんな酔い方してないもん。
「正仁さん、何を寝ぼけたことを言ってるんですか。呑み過ぎですよ」
「そんなに呑んでない、俺は真剣だ。もう離さないひとみ」
支離滅裂なことを言いながら抱き締めようとしたので、スルッと逃げる――捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。
「なぜ逃げる、また追いかけてほしいのか?」
目が据わっている上に、いつものですます口調じゃないから余計コワいです。
(と言うことは、今喋っている正仁さんは本音100%ってことなのかな?)
「追いかけてほしいワケじゃないです。酔っ払いがキライなんですよ」
「だから酔ってないと言ってるだろ! あのときと同じように逃げるなっ!!」
怒りながらワイシャツをビビッと脱ぐ。その首元に、真っ赤なルージュの痕がしっかりと付いていた。
「正仁さん……それ」
「ソレよりもあのときだ、何で助けてくれなかったんだ?」
――あのときって、いつの話なんだろう?
私が首を傾げると、眉根を寄せイライラした様子を表した。
「ほら四日前、俺が隣の部署の女に抱きつかれた日」
「あ~、あのことですか」
結婚してからの正仁さんは、何故だかモテていた。
今川部長曰く『雰囲気が優しくなって、話しやすくなった』そうで、本人も以前に比べるとキレる回数が激減しているし、時折見せる柔らかい笑顔にクラクラする女子社員が急増中だった。
浮気するハズないもんねと頭で理解していても、やはりモテる旦那様のことは気になるワケで――四日前も何だかんだ理由をつけて、まんまと正仁さんを某所に連行した女子社員。
気の利く小野寺先輩が上手く用事を作ってくれたお陰で、二人の後をつけることができたのだけれど、少しだけ開けられた扉から見た光景は、正仁さんの背中に抱きついている女子社員の姿だった。
何と声をかけていいか分からなくて動けない自分と、人の旦那に手を出すんじゃないよコラ! と怒ってるもうひとりの自分がいた。
踏み込んでいいんだろうかと、頭を抱えながら変に迷ってたら――
「社内でそういう、セクハラ行為をしないで下さい。大変迷惑です」
そう言って、ベリベリと女子社員の腕を丁寧に外していく正仁さん。
「奥さんが怖いんですか? 結構小心者なんですね」
クスッと笑う女子社員にイラっとした。頭の中身、どんな風になってるんだろ?
思わず右手に、ぎゅっと拳を作ってしまった。
「人のモノに手を出そうとしている、君の方が怖いです。自分は妻をしっかり愛していますし、これからも裏切ることはしません」
彼女の顔を通して何となく、目が合った気がした。あれは見間違いじゃなかったんだ。
「正仁さん、助けてほしかったんですか。すみません、出られなくて」
そのときのことを思い出したので、ここはひたすら謝るしかない。
「お前が小野寺に襲われそうになったときは、すぐに助けただろ? どうして入らなかったんだ」
「入るタイミングが難しかったし、正仁さんが何とかしちゃったし。覗き見してるの、やっぱり悪いなぁとか思ったし」
「俺が、どうなっても良かったんだな」
「そんなことはないですっ。危なくなったら割って入ります!」
力説する私を、ぎゅっと抱き締める。目の前には例のルージュが……これも非常に気になる。
「今度何かあったら、迷わず飛び込んで俺を助けろよ。お前が必要なんだから」
「必要ついでに、コレ何ですか?」
思いきって首元に着いたルージュを指で撫でてから、目の前に綺麗な色をつき出してみた。
「ああ、コレね。気になる?」
フッと笑いながら流し目で私を見る。何だろう、この正仁さんの余裕な態度は?
その態度に少しだけムカつきつつも、素直にコクンと頷いた。多分、綺麗なお姉さまから提供されたモノなんだろうな。ここでムキになったら相手の思う壷だから、何とかして感情を押し殺してみた。
そんな私を見てニヤリと片側の口角を上げてから、玄関に落ちている背広をすっと拾い上げ、ポケットからスマホを取り出す。
「これ、見てみ」
優しく肩を抱き寄せられ、囁くように耳元で呟く。
「もっと嫉妬して欲しかったのに、残念だな」
そこに写し出されたものは、今川部長が綺麗なお姉さまに押さえられながら化粧を施されている動画で、傍でゲラゲラ笑う正仁さんの声が入っていた。そして半女装した今川部長が正仁さんに抱きついて、はいポーズで動画が終了。そのとき首元に顔が寄せられていたから、口紅が付いたみたい。
「綺麗なお姉さま方、みなさん男性に見えないですね」
「普段見る女よりも女性らしかったと思う。目の保養になったしな」
意味深にニヤリと笑う正仁さんに、私は呆れて言葉が出ません。
「ひとみ、もっと妬いてくれると思ったのに、やけに落ち着いてるんだな?」
「山田さんの奥さんから正仁さんが綺麗なお姉さまがいるお店に行ったことを、メールで教えてもらっていたんです。まさかゲイバーだったのは、びっくりしましたけどね」
「チッ、あの女。余計なことをしやがって」
いまいましそうに舌打ちした。
「私は事前に分かって良かったです。酔っ払った正仁さんは、こんな風になるんだなぁって。わざわざ口紅付けて帰って来たのも、私に嫉妬してほしくて消さなかったなんて」
元々お酒で赤ら顔なのが、私の言葉で更に赤くなる。
「そんなことをしなくてもいいのに。正仁さん、可愛すぎます」
「なっ!?」
「これでも私、社内でモテてる正仁さん見てて、やきもきしてるんですよ。気になって、仕方ないんですからね」
そう言って頭を撫でてあげた、何だか小さな子供みたい。
「……頭、冷やしてくる」
そそくさと私に背を向けて、浴室にダッシュした正仁さん。酔っ払ってる旦那様が相手だけど、何だか勝利した感じするのは気のせいかな?
着替えを用意しながら、こっそりとほくそ笑んでしまった私。正仁さんその晩は大人しく、眠りにつきましたとさ。
さっき、正仁さんからメールがきた。
『けん坊と今川部長呑んでます。二軒目に行くので、多分遅くなるから先にに寝て管♡』
管って菅と読みそうになるけど、くだだよね。酔っている中で打ったから、間違っているんだろうな。
「初めてメールにハートマークを入れてくれたのに、これを保存すべきなのかどうか悩む」
そして布団に入ったときに、タイミングよく叶さんからメールがきた。
『うちの賢一がまさやんくんに、かなりお酒呑ませたみたいで凄く酔ってるみたいなの。いつもの様子と違うから、驚かないでねとの事でした。何でも今は綺麗なお姉さまがいるお店で、楽しく呑んでいるそうよ』
綺麗なお姉さまがいるお店――正仁さんならきっと、ちやほやされてそう。
叶さんに有り難うございますとメールをしてから、再び布団に入って目を閉じた。
どれくらい時間が経ったんだろ――うつらうつらしていたら、玄関で鍵を開ける音が聞こえてきた。八朔が足元からジャンプして、慌ててお出迎えに行く。私は右目を擦りながら、ベットからゆっくり起き上がった。
「ただいま八朔ぅ、いつもお出迎えご苦労!」
「に゛、にゃあ!?」
――ん? 何か八朔が、変な鳴き声をしたような?
「おいおい! そんなに身構えなくていいだろ、捕って食ったりしないから」
正仁さん、いつもよりテンション高いのは酔ってるせいなのかな。
八朔が玄関から慌てた様子で、こっちに戻って来た。私の顔をじっと見て、何かを訴えているような感じ。お出迎えするのが、正直コワいんですけど――
八朔の頭を撫でてから、恐るおそる居間に顔を出した。
「正仁さん、おかえりなさい……」
(まさか頭にネクタイを巻いて、グダグダの状態じゃないよね)
声をかけた私の目に飛び込んできたのは、背広を玄関にネクタイは床に落とし、今まさに靴下を片足立ちで脱ごうと、フラフラしている正仁さんだった。
「ただいまひとみ、今帰った。何だ、全裸で待ってなかったんだ」
「へっ!?」
「愛しの旦那が帰ったんだから、リクエストに答えろ。はい全裸でベットに待機、今すぐに!」
「はあぁ!?」
片足で器用に脱いだ靴下をそこら辺に放り投げてから、私に向かって右手人差し指でビシッと命令をする。赤ら顔じゃなきゃ、格好よく決まるだろうに。
ここのところの休日出勤や残業に接待と、まとまった休みが取れていないせいで、体が疲れているのかもしれない。それで、お酒がまわっていると見た。いつもなら、こんな酔い方してないもん。
「正仁さん、何を寝ぼけたことを言ってるんですか。呑み過ぎですよ」
「そんなに呑んでない、俺は真剣だ。もう離さないひとみ」
支離滅裂なことを言いながら抱き締めようとしたので、スルッと逃げる――捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。
「なぜ逃げる、また追いかけてほしいのか?」
目が据わっている上に、いつものですます口調じゃないから余計コワいです。
(と言うことは、今喋っている正仁さんは本音100%ってことなのかな?)
「追いかけてほしいワケじゃないです。酔っ払いがキライなんですよ」
「だから酔ってないと言ってるだろ! あのときと同じように逃げるなっ!!」
怒りながらワイシャツをビビッと脱ぐ。その首元に、真っ赤なルージュの痕がしっかりと付いていた。
「正仁さん……それ」
「ソレよりもあのときだ、何で助けてくれなかったんだ?」
――あのときって、いつの話なんだろう?
私が首を傾げると、眉根を寄せイライラした様子を表した。
「ほら四日前、俺が隣の部署の女に抱きつかれた日」
「あ~、あのことですか」
結婚してからの正仁さんは、何故だかモテていた。
今川部長曰く『雰囲気が優しくなって、話しやすくなった』そうで、本人も以前に比べるとキレる回数が激減しているし、時折見せる柔らかい笑顔にクラクラする女子社員が急増中だった。
浮気するハズないもんねと頭で理解していても、やはりモテる旦那様のことは気になるワケで――四日前も何だかんだ理由をつけて、まんまと正仁さんを某所に連行した女子社員。
気の利く小野寺先輩が上手く用事を作ってくれたお陰で、二人の後をつけることができたのだけれど、少しだけ開けられた扉から見た光景は、正仁さんの背中に抱きついている女子社員の姿だった。
何と声をかけていいか分からなくて動けない自分と、人の旦那に手を出すんじゃないよコラ! と怒ってるもうひとりの自分がいた。
踏み込んでいいんだろうかと、頭を抱えながら変に迷ってたら――
「社内でそういう、セクハラ行為をしないで下さい。大変迷惑です」
そう言って、ベリベリと女子社員の腕を丁寧に外していく正仁さん。
「奥さんが怖いんですか? 結構小心者なんですね」
クスッと笑う女子社員にイラっとした。頭の中身、どんな風になってるんだろ?
思わず右手に、ぎゅっと拳を作ってしまった。
「人のモノに手を出そうとしている、君の方が怖いです。自分は妻をしっかり愛していますし、これからも裏切ることはしません」
彼女の顔を通して何となく、目が合った気がした。あれは見間違いじゃなかったんだ。
「正仁さん、助けてほしかったんですか。すみません、出られなくて」
そのときのことを思い出したので、ここはひたすら謝るしかない。
「お前が小野寺に襲われそうになったときは、すぐに助けただろ? どうして入らなかったんだ」
「入るタイミングが難しかったし、正仁さんが何とかしちゃったし。覗き見してるの、やっぱり悪いなぁとか思ったし」
「俺が、どうなっても良かったんだな」
「そんなことはないですっ。危なくなったら割って入ります!」
力説する私を、ぎゅっと抱き締める。目の前には例のルージュが……これも非常に気になる。
「今度何かあったら、迷わず飛び込んで俺を助けろよ。お前が必要なんだから」
「必要ついでに、コレ何ですか?」
思いきって首元に着いたルージュを指で撫でてから、目の前に綺麗な色をつき出してみた。
「ああ、コレね。気になる?」
フッと笑いながら流し目で私を見る。何だろう、この正仁さんの余裕な態度は?
その態度に少しだけムカつきつつも、素直にコクンと頷いた。多分、綺麗なお姉さまから提供されたモノなんだろうな。ここでムキになったら相手の思う壷だから、何とかして感情を押し殺してみた。
そんな私を見てニヤリと片側の口角を上げてから、玄関に落ちている背広をすっと拾い上げ、ポケットからスマホを取り出す。
「これ、見てみ」
優しく肩を抱き寄せられ、囁くように耳元で呟く。
「もっと嫉妬して欲しかったのに、残念だな」
そこに写し出されたものは、今川部長が綺麗なお姉さまに押さえられながら化粧を施されている動画で、傍でゲラゲラ笑う正仁さんの声が入っていた。そして半女装した今川部長が正仁さんに抱きついて、はいポーズで動画が終了。そのとき首元に顔が寄せられていたから、口紅が付いたみたい。
「綺麗なお姉さま方、みなさん男性に見えないですね」
「普段見る女よりも女性らしかったと思う。目の保養になったしな」
意味深にニヤリと笑う正仁さんに、私は呆れて言葉が出ません。
「ひとみ、もっと妬いてくれると思ったのに、やけに落ち着いてるんだな?」
「山田さんの奥さんから正仁さんが綺麗なお姉さまがいるお店に行ったことを、メールで教えてもらっていたんです。まさかゲイバーだったのは、びっくりしましたけどね」
「チッ、あの女。余計なことをしやがって」
いまいましそうに舌打ちした。
「私は事前に分かって良かったです。酔っ払った正仁さんは、こんな風になるんだなぁって。わざわざ口紅付けて帰って来たのも、私に嫉妬してほしくて消さなかったなんて」
元々お酒で赤ら顔なのが、私の言葉で更に赤くなる。
「そんなことをしなくてもいいのに。正仁さん、可愛すぎます」
「なっ!?」
「これでも私、社内でモテてる正仁さん見てて、やきもきしてるんですよ。気になって、仕方ないんですからね」
そう言って頭を撫でてあげた、何だか小さな子供みたい。
「……頭、冷やしてくる」
そそくさと私に背を向けて、浴室にダッシュした正仁さん。酔っ払ってる旦那様が相手だけど、何だか勝利した感じするのは気のせいかな?
着替えを用意しながら、こっそりとほくそ笑んでしまった私。正仁さんその晩は大人しく、眠りにつきましたとさ。