ドS上司の意外な一面
「ずっと寂しかったんですよね?」

 姉ちゃが一歩前に出た瞬間、オイラはテーブルから兄ちゃの胸の中に迷わず飛び込んだ。

「にゃんにゃ~」

「――八朔、君も寂しかったでしょうけど、少しの間だけ我慢して下さい」

 兄ちゃは顔を引きつらせながら、オイラを床に置いた。

「肝心なトコでのろのろしているから、こうして捕られるんですよ」

「正仁さんに言われたくありません」

「そうですね。じゃあ」

 ふくれている姉ちゃを兄ちゃがぎゅっと抱き締めて、耳元で静かに呟く。

 あれ? 姉ちゃの耳に、ピカピカ光るお花が付いてるよ。

「彼女が付けていたピアスに、君を重ねてつい見つめていました。だけど想像以上に、似合っていますよ」

「彼女を見つめてたんじゃなく、私を?」

「いろいろとタイミングが悪かったですね」

「正仁さんがそういう、紛らわしいことをするのがいけないんです。どれだけ私が悩んだかっ」

 怒っている姉ちゃの頭を宥めるように、兄ちゃは嬉しそうにほほ笑みながら撫でた。

「追求せずに黙っていたのは、俺を信じていたからでしょう?」

「半分だけ信じていたかもです」

「でも、五分じゃ何もできませんから」

「それはっ」

「それとも五分の時間で満足できるように、いろいろ試してみますか?」

 優雅に微笑みながら姉ちゃの唇を塞ぐ。その行動に抗議するように両手をグーにして、兄ちゃの体を姉ちゃはドンドン叩いた。

「痛いです、家庭内暴力ですか」

「だって、正仁さんが無理矢理」

「きちんと試してみますかって聞きましたよ?」

「まだ応えてません!」

 涙目で訴えるように言い放つ姉ちゃに、目を細めて余裕そうな顔した兄ちゃ。

「物欲しそうな顔をしてましたけど。それが応えでしょう」

「そんな顔、してません」

「まったく、自分の顔なんて見られないでしょう? いい加減、素直になって下さい」

「う~……」

「俺の中で好きとか嫌いの感情を越えて、君を愛してるんです。そうやって強情になってるところさえ、とても愛しく思えます。だから嘘でも嫌いなんて言って欲しくはありません」

 グーにしていた両手を兄ちゃの首に回して、ぎゅっと抱きついた姉ちゃ。好きや嫌いと違う感情って何? オイラには難しくて、よく分からないにゃ。

「正仁さんがロマンチストなのはよく分かっているんですけど、お願いだから心霊スポットに連れて行くのはもう止めて下さいね」

「わかりました。今度からそこの所も踏まえて、下調べしてから行きましょう」

「あと私を重ねてるからって、他の人に見惚れないで下さい」

「君も前カレが現れたら、しっかり拒否って下さい。この間は君が優しい言葉をかけたからつけ上がって、未練がましいことを言ったんですから」

「分かってます」

 あの~お二人さん、大事なコトをお忘れなんですが――

 イチャイチャしている二人の足元をウロウロしてアピールしてみたのだが、見事にスルーされる。

「あ、もうこんな時間。お風呂にお湯を溜めなきゃ」

 照れた姉ちゃが兄ちゃの体を両手で押して離れると、慌てて浴室に向かう。兄ちゃは片側の口角をいつものように上げて、ゆっくりした足取りであとを追った。

「なっ、何しに来たんですかっ?」

「浴槽にお湯が溜まるまでの五分間に、あんな事やこんな事をしようかと思いまして」

 そして閉ざされる浴室の扉の前に、オイラはへたり込んでしまった。二人が仲良しになったのはいいことだけど、大事なものを忘れてる。

「に゛、にゃあ」

 お風呂からの音でかき消されるオイラの声。鳴いたところで、気がついてくれるワケないんだけど。オイラの晩ゴハンは、どうなるのにゃ~。

 やっぱり居候って大変なのにゃ……。
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