ドS上司の意外な一面
そのときの顔を思い出していると俺の顔をチラ見して、おずおずと窓辺に向かう君。
「っ……先輩」
『なになにっ、鎌田さんの知り合いなんだ。先輩っていうと高校か大学時代の――』
思わず決算書の青いファイルの表紙を、片手でバキバキと折り曲げてしまった。あまりの異音に、周りの視線が俺に向けられたのを肌で感じた。
慌ててファイルを元に戻すが、くっきりと白い線が付いて見られた物じゃなくなった。これは自腹で弁償だな。
感情に流されて物にあたるなんて最低だと頭で理解しているのだが、君のことになるとなかなか切り替えが上手くいかない。イライラが治まらない……。ここは原因を排除すべく、立ち上がるのが最善策だろう。
ゆらりと席を立ち窓辺に向かうと、小野寺が怯えた顔して硬直していた。そんなヤツを華麗にスルーして原因の様子を見ると、ぼんやりとビルを見上げている。
目が合ったわけではないのだが、苛立ちが加速したのは事実だった。
「ふん!」
俺は足早に部署を出て、非常階段を使って下に降りた。エレベーターを待つ時間がもどかしかったから。
カンカンカン――階段を下りる金属音を聞きながら、最初に発する台詞を考える。何用だコノヤローと言いたいのは山々なれど、大人なんだから落ち着いて話をしなければ。
さてどうやって捌こうか……。
片側の口角を上げた瞬間に足がもつれて階段の中段から落ちそうになり、慌てて体勢を立て直した。
「ふう、危なかった!」
いただけない算段をしたせいか、足元が疎かになってしまうなんて。
『直談判的な説得を、試みようと思います』
自分の精神状態に苦笑いした瞬間、不意に頭の中に流れた。
俺にちょっかいを出してきた女子社員との話し合いをする前に、鼻息を荒くしながら言い放った君の言葉。意味不明だが、これが一番いいのかもしれない。昔の俺なら口撃のみだったのに、優しくなったもんだ。
すっかり毒牙を抜かれ軽い足取りで階段を下り終えて、会社の外に出ると深呼吸してから、前カレの傍に向かった。
「ウチの会社に用ですか、先輩さん?」
メガネの奥からレーザービームを最小限に照射し、見上げながら元カレに話しかける。身長差の十センチは大きい。
「ひとみが大学時代お世話になったそうで。お話はよく伺ってました」
不思議そうな顔をして俺を見下ろし、無言で考え込んでいた。知り合いじゃないから。
「あ……もしかしてひとみちゃんの旦那さん、ですか?」
元カレが息を飲みながら恐々と訊ねてきた。俺はあえて笑顔を作ってみせる。多分、目は笑っていないだろう。
「はい、鎌田と申します。ところでこんな場所で油を売っていて、大丈夫なんですか?」
「取引先から直帰なので、大丈夫です」
「なるほど。直帰ついでにわざわざ、ひとみを出待ちしているんですね?」
右手でメガネを上げ、キッと元カレを見つめた。
「すみません。ひとみちゃんが結婚してるの分かっているのに、会いに来てしまって。ひとみちゃんが幸せそうなのは、貴方のような素敵な旦那さんがいるからなんですね」
素敵な旦那さんと言われて悪い気はしない。しかしさっきから何だろう。折角の長身をダメにするように背を丸め、俯きボソボソ喋る姿。ひとみから聞いていた人気者でキラキラした感じが、全くないではないか。
「自分が一番良かった時期に、戻りたいなんて考えていませんか? 今が行き詰まっているから尚更」
「えっ?」
「だから、ひとみに会いに来たんでしょう?」
俺が思い付くままに訊ねてみると、元カレは口元を押さえて暫し考え込む。
「やっぱ凄いなひとみちゃんの旦那さん。隙あらば奪っちゃおうって考えてたのに頭、良いんですね」
「頭の良し悪しは関係ないと思いますが……。その前に奪うとかって何ですか?」
人が心配してやったというのに、コイツ何を考えてやがる。
「行き詰まっているワケじゃないんです、切羽詰まってる状態でして。そこんトコ、ひとみちゃんに癒してもらえたらなぁって思ったんですよ」
「はあ!? どっちにしろ同じような状態でしょう。自分から振った女にまた言い寄るなんて、恥ずかしくないんですか? しかも人妻なんですよ」
知らないうちに激怒していた。この時点で元カレに翻弄されていることに、全く気がつかなかった。
「鎌田さん、かなり焦ってるでしょ? 昔の男が突然現れて、ひとみちゃんが揺れているって思いませんか?」
「思いません!」
即答したがさっき窓辺に向かう、君の微妙な表情が頭を過った。キラキラしてた昔の男と生き生きしてた旦那、どっちをとる!?
「鎌田さんのようなイケメンなら、心配いりませんよ。ただ身長が、ちょっとだけ低いだけなんですから」
「なっ……」
人が気にしていることをズケズケと!
俺は両拳をグーにして耐えた。
「ひとみちゃんって、好きな男にはとことん尽くすタイプだから可愛いですよね。たまに夢の中に出てくるんです。俺の好きなコスプレ姿で、イヤらしいポーズをした姿が」
(これ以上は聞きたくない!)
ムカついたので迷うことなく、元カレの胸ぐらを掴み上げた。
「正仁さんっ、止めて下さいっ!」
会社から飛び出して来た君が、慌てて俺の腕を掴む。
「先輩もいい加減にして下さい。正仁さんの心を玩具にして遊ぶなんて、本当に酷いです」
「心を玩具って一体、何なんですか?」
掴み上げた手をさっと放し、呆然として君を見る。俺を落ち着かせようとしたのかいきなり、手をぎゅっと握り締めてきた。
「先輩、大学時代の専攻が心理学なんです。熱心に勉強してたから、ズバズバ当たって凄かったんですよ」
「だけどひとみちゃんの心理は、全然読めなかったんだよな」
懐かしそうな顔をして君を見る元カレ、心理学オタクにも読めないのか。
「あの~今日ここへ来た理由を、改めて聞いていいですか?」
俺は顔を引きつらせながら訊ねてみる。
「この間そこでひとみちゃんと出くわしたときに、鎌田さんはビルの隙間に隠れて俺らの話を聞いてたでしょ」
――バレていたのか……
「随分ひとみちゃんに、執着しているんだなと思って。見た目と行動が粘着気質に該当して見えたから、家庭内で何かしらあるかもって、つい心配になったんだ。あのときのひとみちゃんは幸せそうだったけど、疲れているようにも見えたからね」
「確かに、会社が年度末で忙しかったのもあると思いますけど。先輩、良く見てましたね」
他にも不倫疑惑とか、いろいろあった時期だ。
「それを確かめるべく、旦那さんを出待ちしていたワケです。自分のことを言われても何でもないのに、やっぱりひとみちゃんのことになると、自制がきかなくなるようですね。俺が言ったデタラメな夢の話を、簡単に信じちゃうんだから」
「デタラメ!?」
「癖のある性格でカモフラージュしていても、根が素直で真面目だから信じちゃうんですよ」
「これ以上、余計なことを喋らないで下さいっ!」
俺が捌こうとしたのに、何故に捌かれるハメになったのだろう。
「これで心置きなく仕事ができます。ひとみちゃん、何かあったら連絡してね」
胸ポケットから名刺を取り出して君に渡すと、爽やかに去って行った。
「先輩、銀行員だったはずなのに今は何でも屋か……。スケールの大きい人だから納得かも」
繁々と名刺を見つめて呟く君。
「ひとみ、話を端折りましたね。彼が心理学を専攻していたなんて、大事なことなのに」
「そういえば忘れてました。心を読まれるのに慣れちゃっていたから」
「君が強者な理由が、ようやく理解ができました。あんなのと付き合っていたからなんですね」
友達にもしたくない――ましてや取引先にあんなのがいたら、仕事ができない気が激しくします。
「ところでどうして君は、ここに来たんですか?」
「小野寺先輩と一緒に外を観察してたら、そろそろオーバーヒートする時間だから、止めに行った方がいいよって言われました。正仁さんと付き合いが長いから、そういうタイミング分かっちゃうんですね」
小野寺、ナイスな判断。あとで礼を言わなければ。
「さて邪魔者も消えたことですし、戻って退社の準備をしましょう」
安堵のため息をついて君の肩を抱き寄せた俺の顔を、食い入るように見つめてくる。
「どうかしましたか?」
「正仁さん、何を考えてのかなぁって。やっぱり読めないですね」
そう簡単に読ませませんよ、俺がどれだけ君を想っているかなんて。
「俺も同じく君の心が読めません、おあいこでいいじゃないですか」
「ムッ、何か誤魔化されてる気がします」
コロコロと表情が変わる君と並んで、エレベーターを待つ。
素直になることが怖いその理由――子供時代に、両親が親権をめぐって争っていた。自分の一言でどちらかが傷付くかもしれない現実から、目を背けていたあの頃。
一番大事な人だからこそ、気持ちを押し付けたくない。傷付けたくない想いがあって、余計に素直になれない。
そんな不器用すぎる俺に、君はよくついてきていますね。
「正仁さん、置いてきますよ~」
いつの間にかエレベーターが到着して、先に君が乗り込んでいた。苦笑いしながら中に足を踏み入れる。扉が閉まると同時に、ぎゅっと君を抱き締めた。
「ちょ、ちょっとどうしたんですかっ」
「疲労困憊したんで充電しています、しばらくお待ち下さい」
「私は充電器なんですか。てかもうフロアに到着しますよ」
慌てふためく君の唇に、チュッとしてから離れる。
「充電完了しました、有り難うございます」
「正仁さん、ワケが分かりません」
真っ赤な顔をして俯く君の背中を押して、エレベーターから脱出。ゆっくりと部署に戻る。
「君が俺を頼りにしてくれるように、俺も君が必要なんです。いつも有り難うひとみ」
顔を見たら言えないと思ったので、背後から伝えた素直な気持ち。
「正仁さん何か企んでるでしょ、誉めても何もしませんからね」
――ああこれだから君は読めない、だから面白い。
「さっきのように、勝手に充電するからいいです」
君のぬくもりは居心地が良くて、離れ難い。
「じゃ私も、正仁さんで勝手に充電しちゃいますからね」
「俺の充電器は高いですから、体で払って下さい」
「絶対にそう言うと思った、正仁さんらしいんだから!」
文句を言ってるのに嬉しそうな君の顔が見られて、一人満足する。恋愛も人生も山あり谷ありだけど、だからこそ二人で一緒に乗り越えられるんだな。
君が相手で良かったと心の中で呟きながら、退社の準備にとりかかった。
「充電も満タンですし、今夜は覚悟してもらいましょうか」
先輩出待ち事件でいろいろあった分、ぶつけさせてもらいますよ。
片側の口角を上げてほくそ笑む俺を、窓から三日月が心配そうに見ていた。
【Fin】
ここまで本編の閲覧をありがとうございました! 裏工作について・バレンタインデー・まさやんとレディコミの3本番外編に続きます。
「っ……先輩」
『なになにっ、鎌田さんの知り合いなんだ。先輩っていうと高校か大学時代の――』
思わず決算書の青いファイルの表紙を、片手でバキバキと折り曲げてしまった。あまりの異音に、周りの視線が俺に向けられたのを肌で感じた。
慌ててファイルを元に戻すが、くっきりと白い線が付いて見られた物じゃなくなった。これは自腹で弁償だな。
感情に流されて物にあたるなんて最低だと頭で理解しているのだが、君のことになるとなかなか切り替えが上手くいかない。イライラが治まらない……。ここは原因を排除すべく、立ち上がるのが最善策だろう。
ゆらりと席を立ち窓辺に向かうと、小野寺が怯えた顔して硬直していた。そんなヤツを華麗にスルーして原因の様子を見ると、ぼんやりとビルを見上げている。
目が合ったわけではないのだが、苛立ちが加速したのは事実だった。
「ふん!」
俺は足早に部署を出て、非常階段を使って下に降りた。エレベーターを待つ時間がもどかしかったから。
カンカンカン――階段を下りる金属音を聞きながら、最初に発する台詞を考える。何用だコノヤローと言いたいのは山々なれど、大人なんだから落ち着いて話をしなければ。
さてどうやって捌こうか……。
片側の口角を上げた瞬間に足がもつれて階段の中段から落ちそうになり、慌てて体勢を立て直した。
「ふう、危なかった!」
いただけない算段をしたせいか、足元が疎かになってしまうなんて。
『直談判的な説得を、試みようと思います』
自分の精神状態に苦笑いした瞬間、不意に頭の中に流れた。
俺にちょっかいを出してきた女子社員との話し合いをする前に、鼻息を荒くしながら言い放った君の言葉。意味不明だが、これが一番いいのかもしれない。昔の俺なら口撃のみだったのに、優しくなったもんだ。
すっかり毒牙を抜かれ軽い足取りで階段を下り終えて、会社の外に出ると深呼吸してから、前カレの傍に向かった。
「ウチの会社に用ですか、先輩さん?」
メガネの奥からレーザービームを最小限に照射し、見上げながら元カレに話しかける。身長差の十センチは大きい。
「ひとみが大学時代お世話になったそうで。お話はよく伺ってました」
不思議そうな顔をして俺を見下ろし、無言で考え込んでいた。知り合いじゃないから。
「あ……もしかしてひとみちゃんの旦那さん、ですか?」
元カレが息を飲みながら恐々と訊ねてきた。俺はあえて笑顔を作ってみせる。多分、目は笑っていないだろう。
「はい、鎌田と申します。ところでこんな場所で油を売っていて、大丈夫なんですか?」
「取引先から直帰なので、大丈夫です」
「なるほど。直帰ついでにわざわざ、ひとみを出待ちしているんですね?」
右手でメガネを上げ、キッと元カレを見つめた。
「すみません。ひとみちゃんが結婚してるの分かっているのに、会いに来てしまって。ひとみちゃんが幸せそうなのは、貴方のような素敵な旦那さんがいるからなんですね」
素敵な旦那さんと言われて悪い気はしない。しかしさっきから何だろう。折角の長身をダメにするように背を丸め、俯きボソボソ喋る姿。ひとみから聞いていた人気者でキラキラした感じが、全くないではないか。
「自分が一番良かった時期に、戻りたいなんて考えていませんか? 今が行き詰まっているから尚更」
「えっ?」
「だから、ひとみに会いに来たんでしょう?」
俺が思い付くままに訊ねてみると、元カレは口元を押さえて暫し考え込む。
「やっぱ凄いなひとみちゃんの旦那さん。隙あらば奪っちゃおうって考えてたのに頭、良いんですね」
「頭の良し悪しは関係ないと思いますが……。その前に奪うとかって何ですか?」
人が心配してやったというのに、コイツ何を考えてやがる。
「行き詰まっているワケじゃないんです、切羽詰まってる状態でして。そこんトコ、ひとみちゃんに癒してもらえたらなぁって思ったんですよ」
「はあ!? どっちにしろ同じような状態でしょう。自分から振った女にまた言い寄るなんて、恥ずかしくないんですか? しかも人妻なんですよ」
知らないうちに激怒していた。この時点で元カレに翻弄されていることに、全く気がつかなかった。
「鎌田さん、かなり焦ってるでしょ? 昔の男が突然現れて、ひとみちゃんが揺れているって思いませんか?」
「思いません!」
即答したがさっき窓辺に向かう、君の微妙な表情が頭を過った。キラキラしてた昔の男と生き生きしてた旦那、どっちをとる!?
「鎌田さんのようなイケメンなら、心配いりませんよ。ただ身長が、ちょっとだけ低いだけなんですから」
「なっ……」
人が気にしていることをズケズケと!
俺は両拳をグーにして耐えた。
「ひとみちゃんって、好きな男にはとことん尽くすタイプだから可愛いですよね。たまに夢の中に出てくるんです。俺の好きなコスプレ姿で、イヤらしいポーズをした姿が」
(これ以上は聞きたくない!)
ムカついたので迷うことなく、元カレの胸ぐらを掴み上げた。
「正仁さんっ、止めて下さいっ!」
会社から飛び出して来た君が、慌てて俺の腕を掴む。
「先輩もいい加減にして下さい。正仁さんの心を玩具にして遊ぶなんて、本当に酷いです」
「心を玩具って一体、何なんですか?」
掴み上げた手をさっと放し、呆然として君を見る。俺を落ち着かせようとしたのかいきなり、手をぎゅっと握り締めてきた。
「先輩、大学時代の専攻が心理学なんです。熱心に勉強してたから、ズバズバ当たって凄かったんですよ」
「だけどひとみちゃんの心理は、全然読めなかったんだよな」
懐かしそうな顔をして君を見る元カレ、心理学オタクにも読めないのか。
「あの~今日ここへ来た理由を、改めて聞いていいですか?」
俺は顔を引きつらせながら訊ねてみる。
「この間そこでひとみちゃんと出くわしたときに、鎌田さんはビルの隙間に隠れて俺らの話を聞いてたでしょ」
――バレていたのか……
「随分ひとみちゃんに、執着しているんだなと思って。見た目と行動が粘着気質に該当して見えたから、家庭内で何かしらあるかもって、つい心配になったんだ。あのときのひとみちゃんは幸せそうだったけど、疲れているようにも見えたからね」
「確かに、会社が年度末で忙しかったのもあると思いますけど。先輩、良く見てましたね」
他にも不倫疑惑とか、いろいろあった時期だ。
「それを確かめるべく、旦那さんを出待ちしていたワケです。自分のことを言われても何でもないのに、やっぱりひとみちゃんのことになると、自制がきかなくなるようですね。俺が言ったデタラメな夢の話を、簡単に信じちゃうんだから」
「デタラメ!?」
「癖のある性格でカモフラージュしていても、根が素直で真面目だから信じちゃうんですよ」
「これ以上、余計なことを喋らないで下さいっ!」
俺が捌こうとしたのに、何故に捌かれるハメになったのだろう。
「これで心置きなく仕事ができます。ひとみちゃん、何かあったら連絡してね」
胸ポケットから名刺を取り出して君に渡すと、爽やかに去って行った。
「先輩、銀行員だったはずなのに今は何でも屋か……。スケールの大きい人だから納得かも」
繁々と名刺を見つめて呟く君。
「ひとみ、話を端折りましたね。彼が心理学を専攻していたなんて、大事なことなのに」
「そういえば忘れてました。心を読まれるのに慣れちゃっていたから」
「君が強者な理由が、ようやく理解ができました。あんなのと付き合っていたからなんですね」
友達にもしたくない――ましてや取引先にあんなのがいたら、仕事ができない気が激しくします。
「ところでどうして君は、ここに来たんですか?」
「小野寺先輩と一緒に外を観察してたら、そろそろオーバーヒートする時間だから、止めに行った方がいいよって言われました。正仁さんと付き合いが長いから、そういうタイミング分かっちゃうんですね」
小野寺、ナイスな判断。あとで礼を言わなければ。
「さて邪魔者も消えたことですし、戻って退社の準備をしましょう」
安堵のため息をついて君の肩を抱き寄せた俺の顔を、食い入るように見つめてくる。
「どうかしましたか?」
「正仁さん、何を考えてのかなぁって。やっぱり読めないですね」
そう簡単に読ませませんよ、俺がどれだけ君を想っているかなんて。
「俺も同じく君の心が読めません、おあいこでいいじゃないですか」
「ムッ、何か誤魔化されてる気がします」
コロコロと表情が変わる君と並んで、エレベーターを待つ。
素直になることが怖いその理由――子供時代に、両親が親権をめぐって争っていた。自分の一言でどちらかが傷付くかもしれない現実から、目を背けていたあの頃。
一番大事な人だからこそ、気持ちを押し付けたくない。傷付けたくない想いがあって、余計に素直になれない。
そんな不器用すぎる俺に、君はよくついてきていますね。
「正仁さん、置いてきますよ~」
いつの間にかエレベーターが到着して、先に君が乗り込んでいた。苦笑いしながら中に足を踏み入れる。扉が閉まると同時に、ぎゅっと君を抱き締めた。
「ちょ、ちょっとどうしたんですかっ」
「疲労困憊したんで充電しています、しばらくお待ち下さい」
「私は充電器なんですか。てかもうフロアに到着しますよ」
慌てふためく君の唇に、チュッとしてから離れる。
「充電完了しました、有り難うございます」
「正仁さん、ワケが分かりません」
真っ赤な顔をして俯く君の背中を押して、エレベーターから脱出。ゆっくりと部署に戻る。
「君が俺を頼りにしてくれるように、俺も君が必要なんです。いつも有り難うひとみ」
顔を見たら言えないと思ったので、背後から伝えた素直な気持ち。
「正仁さん何か企んでるでしょ、誉めても何もしませんからね」
――ああこれだから君は読めない、だから面白い。
「さっきのように、勝手に充電するからいいです」
君のぬくもりは居心地が良くて、離れ難い。
「じゃ私も、正仁さんで勝手に充電しちゃいますからね」
「俺の充電器は高いですから、体で払って下さい」
「絶対にそう言うと思った、正仁さんらしいんだから!」
文句を言ってるのに嬉しそうな君の顔が見られて、一人満足する。恋愛も人生も山あり谷ありだけど、だからこそ二人で一緒に乗り越えられるんだな。
君が相手で良かったと心の中で呟きながら、退社の準備にとりかかった。
「充電も満タンですし、今夜は覚悟してもらいましょうか」
先輩出待ち事件でいろいろあった分、ぶつけさせてもらいますよ。
片側の口角を上げてほくそ笑む俺を、窓から三日月が心配そうに見ていた。
【Fin】
ここまで本編の閲覧をありがとうございました! 裏工作について・バレンタインデー・まさやんとレディコミの3本番外編に続きます。