ドS上司の意外な一面
意外な提案
(一緒に過ごすお正月は今年で二年目か。結婚してから、ますます月日の流れが早いなぁ)

 難しい表情をありありと浮かべながら、隣で新聞を読む横顔を窺った。膝の上には愛猫の八朔がいて、日本語が読めないはずなのに同じような顔で紙面を眺める姿が目に留まる。微笑ましいその様子に、自然と笑みが零れた。

 市内にある物流関係の会社に勤める私、鎌田ひとみ。旦那さまは会社でカマキリと恐れられている上司だったりする。

 入社当初は出来の悪い私を、教育係として厳しく𠮟責していた。だけどそれは成長を望んでいるからだと知ってからは、どんなに叱られても頑張ることができた。恋愛感情が絡んだからこそ、ここぞとばかりに努力することができたのは、同じように愛してくれた旦那さまのお蔭なんだよね。

「ひとみ、読み終えたんですか?」

 正仁さんは新聞を手早く折り畳んでから、レディースコミック誌を膝に置いている私に話しかけてきた。

「はい。お正月は特番ばかりでテレビを見るのも飽きちゃうし、暇ですよね」

「俺としては熱心に卑猥な雑誌を読んでる君の顔を眺めるだけで、自動的に暇が潰せます」

 片側の口角を上げて微笑んだ正仁さんが音もなく顔を寄せるなり、頬にそっとキスをした。あえて唇を避けるイジワルなところが彼らしい。そこのところを突っ込めと、話題をわざわざ提供しているのかもしれないな。

 離れていく正仁さんの顔を名残惜しげに黙って見つめていたけれど、自分の口で抗議するよりも行動しちゃえと考えた。

 両手で顔を掴んで正仁さんの動きを止めるなり、唇目がけて顔を寄せてみる。すると大きな掌が私の口元を塞いだ。

「お互いの暇を潰すのに、勝負をしてみませんか?」

 唐突に告げられた提案に嫌な予感がしたので掴んでいた顔を解放したら、覆っていた口元の手が外される。

 微妙な距離をとった私たちを見て、正仁さんの膝の上にいた八朔は、猫背を伸ばして姿勢を正した。

「正仁さんと勝負って、何をするんですか?」

 勝負をする前から、既に勝敗が決まっている気がしてならない。そつなく仕事をこなす彼と何かを競うなんて、自分のダメさ加減を再確認させられて終わりそう。

「料理で勝負をしませんか? ただ料理を作るだけじゃなくて、愛情を表す料理を作ってみるんです。料理が得意なひとみなら、有利な話だと思いますけどね」

(これって、正仁さんが作る料理にも興味がある。どんなものを作ってくれるのかな――)

 私の顔色を窺いながら交渉していく旦那さまの見事な手腕に、二つ返事したタイミングでなされた八朔の『にゃぁあん!』という鳴き声から、料理対決のバトルが開始されたのだった。
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