ドS上司の意外な一面
意外な結末⁉
正仁さんと向かい合って座っているダイニングテーブルの中央にはカセットコンロが設置され、その上には大きなフライパンが置かれていて、カレーを食べるためのナンが焼かれていた。
「焼きたてのナンを自宅で食べることができるなんて、すっごく嬉しいです。正仁さん、ありがとうございます」
「ダジャレを交えて、お礼を言われるとは驚きです」
「えっ?」
「気づいていなかったのですか。相変わらず君はすごいですね」
褒めた口振りとは裏腹のどこか呆れた表情のままの正仁さんが、私が作ったマカロニグラタンにスプーンを差し込んだ。
「おやっ、これは?」
大きく掬ったスプーンの上には、ハート型の抜き型でくり抜かれた人参とハートの形のマカロニがあった。
「どうやって愛情を表現しようかなぁと考えたんですけど、いいのが思いつかなくて。結局、子どもっぽい手法で攻めてみました」
「ふっ、君らしくて可愛いです。ホワイトソースの中に色とりどりのマカロニがあって、目に優しいですよ」
「実はハートのマカロニを4つ集めると、四つ葉のクローバーになるんです。正仁さんにはたくさん幸せになってほしくて、グラタン皿の底に緑色のマカロニを四つ葉のクローバーの形に敷き詰めているんです」
作ってる最中に思いついた事を口にしてみたら、正仁さんはびっくりするくらいに目尻を下げて頬を緩ませた。
「こんなに愛情と幸せが詰まったグラタンを食べたら、幸せになり過ぎて困ってしまうかもしれません。ああ、そろそろナンが食べ頃みたいですね。どうぞ」
正仁さん自らトングで取り分けて、皿に乗せたそれを手渡してくれる。
「ではでは、いただきます!」
両手を合わせていただきますをしてから、熱々のナンを何とかちぎって大きなチキンがたくさん入っているカレーの中にじっくりと浸し、一気に頬張った。
「お味はいかがですか、奥様?」
「しゅごく美味しくて、言葉になりましぇん!」
「分かりました。とりあえず口の中にあるものを咀嚼し終えてから、感想をお願いします」
あまりの美味しさに興奮を抑えられなくて、左手でテーブルをばんばん叩いてみた。そんな私の反応を見てお代わりすると見越したのか、正仁さんは熱しているフライパンに手際よくナンの生地を敷く。
「ひとみ、落ち着いて食べてください。カレーもナンもお代わりはあります」
「正仁さん、今まで食べたカレーの中で一番に美味しいですっ。カレーの辛さもスパイシーな感じも全部私好みなんですよ。これはもう、正仁さんの勝ちです!」
ただ辛いだけのカレーじゃない。スパイシーな香辛料の中にトマトの酸味や玉葱の甘さなどが絶妙に絡み合って、それぞれの美味さを引き立てていた。
熱弁する私を見ながらグラタンを食べていた正仁さんが、照れくさそうな面持ちで微笑む。
「そこまで喜んでもらえるとは予想外でした。しかしこの対決はひとみ、君の勝ちですよ」
「えっ? どうしてですか?」
私が作ったマカロニグラタンで大変だったのは、綺麗にハート型に人参をくり抜くことと、ホワイトソースを作るくらいだったのに対し、最終的には圧力鍋で仕上げたとはいえ手間のかかる調合や美味しさを吟味したら、正仁さんが作ったカレーが勝ちだと思った。
「君の作ったマカロニグラタンは、愛情だけじゃなく相手を想う心が美味しさと一緒に詰め込まれていました。幸せの四つ葉のクローバーのお蔭で、俺はとても幸せな気分です。それに――」
フライパンで焼いているナンをひっくり返してから立ち上がると、美味しそうに餌を食べる八朔の傍に座り込む。
「俺だけじゃなく、家族である八朔にも鶏ささみをプレゼントする優しさは称賛に価します」
(鶏ささみが特売だったから買ったなんて、絶対に言えないよ……)
「それではひとみ、君のお願い事を聞いてあげましょう。遠慮せずに言ってください」
告げられた言葉に導かれるように椅子から腰を上げて立ち上がり、跪いたまま私を見上げる正仁さんの前に立ち竦んだ。深呼吸を数回繰り返してから、思いきって口を開く。
「鎌田課長から見てまだまだ私は頼りない部下かもしれませんが、正仁さんが1分1秒でも早く家に帰れるように、仕事を回していただけませんか?」
「なるほど。君に仕事を回すということは、俺と一緒に残業をしたいという事でしょうか? あわよくば誰もいないオフィスで卑猥な行為を――」
「いたしませんっ! そうじゃなくて私は純粋に、正仁さんに早く家に帰ってきてほしくてお願いしているんです。私だけじゃなく、八朔も寂しがっているんですからね」
両手に拳を作って力説した私を、ぽかんとした顔で見上げていた正仁さん。やがて大きなため息をつきながら、餌を食べ終えた八朔の頭を撫でた。
「君や八朔がそんなに俺を待ち焦がれているのなら、早く帰らなければいけないですね。それでは喜んで、ひとみに仕事を回すことにします。覚悟してください」
こうして私のお願い事を素直に聞き入れてくれた正仁さんに、とっておきのプレゼントをしてあげようと考えついたのだった。
「焼きたてのナンを自宅で食べることができるなんて、すっごく嬉しいです。正仁さん、ありがとうございます」
「ダジャレを交えて、お礼を言われるとは驚きです」
「えっ?」
「気づいていなかったのですか。相変わらず君はすごいですね」
褒めた口振りとは裏腹のどこか呆れた表情のままの正仁さんが、私が作ったマカロニグラタンにスプーンを差し込んだ。
「おやっ、これは?」
大きく掬ったスプーンの上には、ハート型の抜き型でくり抜かれた人参とハートの形のマカロニがあった。
「どうやって愛情を表現しようかなぁと考えたんですけど、いいのが思いつかなくて。結局、子どもっぽい手法で攻めてみました」
「ふっ、君らしくて可愛いです。ホワイトソースの中に色とりどりのマカロニがあって、目に優しいですよ」
「実はハートのマカロニを4つ集めると、四つ葉のクローバーになるんです。正仁さんにはたくさん幸せになってほしくて、グラタン皿の底に緑色のマカロニを四つ葉のクローバーの形に敷き詰めているんです」
作ってる最中に思いついた事を口にしてみたら、正仁さんはびっくりするくらいに目尻を下げて頬を緩ませた。
「こんなに愛情と幸せが詰まったグラタンを食べたら、幸せになり過ぎて困ってしまうかもしれません。ああ、そろそろナンが食べ頃みたいですね。どうぞ」
正仁さん自らトングで取り分けて、皿に乗せたそれを手渡してくれる。
「ではでは、いただきます!」
両手を合わせていただきますをしてから、熱々のナンを何とかちぎって大きなチキンがたくさん入っているカレーの中にじっくりと浸し、一気に頬張った。
「お味はいかがですか、奥様?」
「しゅごく美味しくて、言葉になりましぇん!」
「分かりました。とりあえず口の中にあるものを咀嚼し終えてから、感想をお願いします」
あまりの美味しさに興奮を抑えられなくて、左手でテーブルをばんばん叩いてみた。そんな私の反応を見てお代わりすると見越したのか、正仁さんは熱しているフライパンに手際よくナンの生地を敷く。
「ひとみ、落ち着いて食べてください。カレーもナンもお代わりはあります」
「正仁さん、今まで食べたカレーの中で一番に美味しいですっ。カレーの辛さもスパイシーな感じも全部私好みなんですよ。これはもう、正仁さんの勝ちです!」
ただ辛いだけのカレーじゃない。スパイシーな香辛料の中にトマトの酸味や玉葱の甘さなどが絶妙に絡み合って、それぞれの美味さを引き立てていた。
熱弁する私を見ながらグラタンを食べていた正仁さんが、照れくさそうな面持ちで微笑む。
「そこまで喜んでもらえるとは予想外でした。しかしこの対決はひとみ、君の勝ちですよ」
「えっ? どうしてですか?」
私が作ったマカロニグラタンで大変だったのは、綺麗にハート型に人参をくり抜くことと、ホワイトソースを作るくらいだったのに対し、最終的には圧力鍋で仕上げたとはいえ手間のかかる調合や美味しさを吟味したら、正仁さんが作ったカレーが勝ちだと思った。
「君の作ったマカロニグラタンは、愛情だけじゃなく相手を想う心が美味しさと一緒に詰め込まれていました。幸せの四つ葉のクローバーのお蔭で、俺はとても幸せな気分です。それに――」
フライパンで焼いているナンをひっくり返してから立ち上がると、美味しそうに餌を食べる八朔の傍に座り込む。
「俺だけじゃなく、家族である八朔にも鶏ささみをプレゼントする優しさは称賛に価します」
(鶏ささみが特売だったから買ったなんて、絶対に言えないよ……)
「それではひとみ、君のお願い事を聞いてあげましょう。遠慮せずに言ってください」
告げられた言葉に導かれるように椅子から腰を上げて立ち上がり、跪いたまま私を見上げる正仁さんの前に立ち竦んだ。深呼吸を数回繰り返してから、思いきって口を開く。
「鎌田課長から見てまだまだ私は頼りない部下かもしれませんが、正仁さんが1分1秒でも早く家に帰れるように、仕事を回していただけませんか?」
「なるほど。君に仕事を回すということは、俺と一緒に残業をしたいという事でしょうか? あわよくば誰もいないオフィスで卑猥な行為を――」
「いたしませんっ! そうじゃなくて私は純粋に、正仁さんに早く家に帰ってきてほしくてお願いしているんです。私だけじゃなく、八朔も寂しがっているんですからね」
両手に拳を作って力説した私を、ぽかんとした顔で見上げていた正仁さん。やがて大きなため息をつきながら、餌を食べ終えた八朔の頭を撫でた。
「君や八朔がそんなに俺を待ち焦がれているのなら、早く帰らなければいけないですね。それでは喜んで、ひとみに仕事を回すことにします。覚悟してください」
こうして私のお願い事を素直に聞き入れてくれた正仁さんに、とっておきのプレゼントをしてあげようと考えついたのだった。