嘆きの断片
しかしふと、

「すいません」

 近くの席にいる女性に声を掛けた。

「あら、なあに?」

 女性は驚きつつも冷静な振りをする。

「先ほど、歩いていると裁縫屋という名の店を見かけたのですが。店主はおられないようでした」

「ああ、あそこね。ここのところ留守が多いわよ」

 食べていたトーストを皿に戻して答える。

「そうですか」

「ここだけの話だけどね。奥さんと子どもを亡くしてから、ちょっとおかしくなっちゃったのよ」

 話しかけられた事が嬉しいのか、話し相手が出来たことに喜んでいるのか、女性の口は止まらない。

「ずいぶん前に強盗に襲われて亡くしちゃったんだけどねえ。それから何年もふさぎ込んでいたんだけど」

 最愛の家族を亡くしたのだから当然だろう。同じ立場なら、自分もどうなるかは解らない。
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