嘆きの断片
黒いもやを纏(まと)い、輪郭がはっきりしない影は血のごとく真っ赤な目をぎょろつかせ、まるで獣のように這いつくばって眼前の人間を見上げている。

 あれを人間だなんて、どうして思える。

「魔物化が始まっている。逃がさないようにしてんだから、余計なことはするんじゃねえ。ここで大人しくしてろ」

 言い捨てて表情を苦くした。

「それなら、俺の結界が」

「お前の結界は初めから役に立ってねえよ」

「なんだと?」

「弱すぎてあいつには効力がない」

 むっとした室田には視線を向けず、ラクベスと対峙している影にあごを示す。

「なんなんだよ、こいつら」

 室田は口の中でつぶやいた。

 それなりに霊能者としてやってきて、それなりに普通の人間とは違った経験をしてきた。見えないものが見えるというだけで、畏怖の念を抱かれてきた。

 その俺がいま、まさにこいつらに畏怖している。


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