人狼王子と獣使い少女
(まさか……”獰猛化”……)


ジルは、震える息を呑み込んだ。


獣人は、怒りの極致に達すると”獰猛化”することがある。猛獣の気質が色濃くなり、辺り構わず人を襲うようになるのだ。放っておくとみるみる獣化し、完全に狼へと変貌を遂げると聞いたことがある。


もともと狼の血を引き継いでいる獣人は、人間よりも力が強く俊敏だ。牙も鋭く、爪も長い。長い歴史の中で、獣人の獰猛化によって人間が被害を被った事件は幾つもあった。


それが、獣人が今のように迫害されるようになった原因だ。


(まさか、クロウが獰猛化するなんて……)


人間から離れて暮らすようになってから、獣人はあまり獰猛化しなくなったらしい。ジルも、獣人の獰猛化を目にするのは久しぶりだ。初めて見たのは、記憶も定まらない幼い頃だった。


「クロウ、落ち着いて……!」


ジルの必死の叫びは、獰猛化状態にあるクロウには届いていないようだった。


牙を剥き出し、爪を立てた四つん這いの姿勢でじりじりと大男に近づくと、一際大きな唸りを合図にクロウは大男に襲い掛かった。


「うわあっ!」


勢いよく押され、クロウもろとも大男は地面に倒れ込んだ。


「ウ~、ウウ~ッ!!!」


クロウが、鋭い牙でがぶりと大男の首筋に噛みつく。するどい爪は男の胸板に食い込み、血を滲ませていた。





「きゃあああっ!」


辺りの人々が悲鳴を上げ、その場から必死に逃げ始める。途端にバザールは騒乱の渦に巻き込まれた。だが一人、恐れることも慌てることもなくその場に居座る者がいた。


エドガー王子の側近の、リックだ。


大男の首筋を貪るクロウを見ながら、リックがチッと舌打ちをする。


「獰猛化か」


忌々しげに呟くと、リックは手にした剣を構えクロウに近づいていく。人を襲う猛獣と化したクロウを、伐るつもりのようだ。


ジルは、慌ててリックの前に両手を広げて立ちふさがった。

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