人狼王子と獣使い少女
背後では、クロウが大男の肉を貪る生々しい音が響いている。


「た、たすけ……て…」


圧倒的な力に抑え込まれガクガクとしきりに震えている男は、恐怖のあまり声もろくに出せないようだ。





「どけ、女。そいつを伐る」


鋭い片目で、リックがジルを睨んだ。


「お願いです、伐らないでください……!」


「おまえ、ふざけてるのか。獰猛化した獣人は、見境がなくなる。そいつが食われたあとに襲われるのは、近くにいるお前だぞ」


リックの冷たい声に、ジルは必死にかぶりを振った。やさしいクロウの笑顔が、脳裏を過る。だが背後から聞こえるのは、獣と化した彼の唸り声と、男の肉に牙を立てる音だけだ。


「私が、彼をもとに戻します……!」


小馬鹿にしたように、リックが薄ら笑いを浮かべた。


「もとに戻す? 殺す以外に、もとに戻す方法はないと聞いたがな」


「私には……出来るんです」


ジルは答えると、リックの返事を待たずにクロウを振り返った。





まさか、この力を使う日が来るとは思わなかった。


遠い昔に約束したのだ。この力を、もう人前では使ってはいけないと。


だが、今のジルにはなりふり構っている余裕はなかった。


大好きなクロウを助けたい。優しいクロウを取り戻したい。


――そんな思いで、必死だった。

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