人狼王子と獣使い少女
クロウとのキスは、血の味がした。


唇を重ねた途端、クロウの両肩に置いていた手を介して、彼の体から力が抜けていくのが分かった。


凍てつく寒さの冬が終わりを告げるように、クロウの金色の瞳がみるみるもとの穏やかさを取り戻していく。


「……あれ?」


きょとんとした顔で幾度か瞬きをしたあと、普段の声音でクロウが呟いた。


「僕……」


「帰ろう、クロウ」


困惑しているクロウの声を遮るように、ジルは言った。もとに戻った今、クロウに獰猛化していた時の記憶はないようだ。獰猛化するほどの怒りを覚えたことも、大男を襲ったことも、頭の中からすっぽりと抜け落ちているのは幸いだった。


クロウが記憶を辿ろうとする前に、ここから立ち去らなければならない。


ジルは微笑むと、懐からハンカチを取り出してクロウの口もとを拭った。血で汚れたハンカチが彼の目に入らないように、素早くしまう。そしてもう一度、優しく呼びかけるのだった。


「帰ろう、クロウ。私たちの家へ」






――ジルは、キスによって獣人の獰猛化を鎮める力を持っていた。


獣人村に捨て置かれる前の幼い頃も、獰猛化した獣人の少年を、キスによって救ったことがある。


捨てられるまでの記憶がないジルにとって、それは唯一の獣人村以外の場所での記憶だった。


その話を、昔ランバルドにしたことがある。


するとランバルドは、この先何があってもその能力を他人に見せてはいけないし話してもいけないとジルに忠告した。


ジルの特異な能力を人間が悪用するかもしれないと心配したのだろう。


今まで、ジルはランバルドのその教えをずっと守って来た。だが大好きなクロウが殺されるかもしれない状況を前に、約束を破り、能力を大勢の人目に晒してしまった。


それでも、後悔はしていない。
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