人狼王子と獣使い少女
白亜の塔の連なるシルディア城は、概ね三つの棟に分類される。
王族たちの住まう本棟に、侍従たちが寝泊まりをする西棟、それから王の間や広間、調理場を備えた東棟だ。殊に多くの客人を招き入れる東棟は金をふんだんに用いた絢爛豪華な造りで、ジルは歩くのすら忍びないほどだった。東棟をぐるりと取り囲む中庭は緑と色とりどりの花々で溢れ、彫刻の彫り込まれた大理石の噴水からは清らかな水が絶えず湧き出ている。
広大な敷地は輝く湖に面しており、王都バルザックに続く道へは屈強な城門を隔てて架け橋が伸びていた。敷地内には、豪華な馬車や馬の繋がれた厩舎、図書館、薬草を育てる温室、学者たちの研究所、軍隊の訓練所と、あらゆる場所に建物が点在していて、まるで一つの街のようだった。
さすがは、大陸一の規模を誇るシルディア国の王城だ。質素で素朴な獣人村に見馴れているジルにとっては、まるで異世界に足を踏み入れたかのような衝撃だった。
「ここが西棟だ。副官から近衛兵まで、あらゆる侍従が寝泊まりをしている。ただし、さっきいたお前の部屋は本棟だ。くれぐれも、失礼のないようにしろよ」
臙脂色の絨毯を敷き詰めた廊下を足早に進みながら、リックが言った。行き交う侍女たちは彼を目にすると、表情を強張らせ頭を下げていく。鋭い目をした眼帯のこの男は、侍従たちですら怖がらせる存在のようだ。
「なぜ、私だけ本棟なのですか?」
「知らねえ。何だか知らないけど、エドガー様が決めたんだ。第一の側近と言われている俺でさえ西棟なのに、役に立たなさそうなお前の部屋の方がエドガー様に近いなんて、納得がいかない」
不機嫌そうに、リックが答える。唇を尖らせ面白くなさそうに眉を寄せる様子から察するに、ジルに焼きもちを焼いているようだ。怖い顔をしているが案外少年っぽいところもあるのかもしれないと、ジルは少しだけ微笑ましくなる。
「おい、女。今俺を見て、笑ったな?」
ぎろりと睨まれ、ジルは慌ててかぶりを振った。
「……笑っていません」
否定しても、血の気の多い目の前の男は納得していないようだった。唐突に腕を掴まれ、壁に押し付けられる。
鋭い鳶色の瞳が、目の前でぎらついていた。
「いいか、エドガー様に気に入られたからって、調子に乗るなよ。エドガー様が何を思ってお前を傍に置くことにしたのか知らないが、俺は認めていない。お前が少しでもエドガー様に対して怪しい動きを見せれば、殺すことだって厭わない」
リックから受けた一撃で気絶させられたことを思い出し、ジルの全身にぞくっと鳥肌が立つ。彼が脅しではなく、本気で言っているのが伝わってきた。彼のエドガーに対する忠誠心は、本物だ。折を見てクロウを逃がそうと企んでいるジルには、危険な存在となるだろう。
王族たちの住まう本棟に、侍従たちが寝泊まりをする西棟、それから王の間や広間、調理場を備えた東棟だ。殊に多くの客人を招き入れる東棟は金をふんだんに用いた絢爛豪華な造りで、ジルは歩くのすら忍びないほどだった。東棟をぐるりと取り囲む中庭は緑と色とりどりの花々で溢れ、彫刻の彫り込まれた大理石の噴水からは清らかな水が絶えず湧き出ている。
広大な敷地は輝く湖に面しており、王都バルザックに続く道へは屈強な城門を隔てて架け橋が伸びていた。敷地内には、豪華な馬車や馬の繋がれた厩舎、図書館、薬草を育てる温室、学者たちの研究所、軍隊の訓練所と、あらゆる場所に建物が点在していて、まるで一つの街のようだった。
さすがは、大陸一の規模を誇るシルディア国の王城だ。質素で素朴な獣人村に見馴れているジルにとっては、まるで異世界に足を踏み入れたかのような衝撃だった。
「ここが西棟だ。副官から近衛兵まで、あらゆる侍従が寝泊まりをしている。ただし、さっきいたお前の部屋は本棟だ。くれぐれも、失礼のないようにしろよ」
臙脂色の絨毯を敷き詰めた廊下を足早に進みながら、リックが言った。行き交う侍女たちは彼を目にすると、表情を強張らせ頭を下げていく。鋭い目をした眼帯のこの男は、侍従たちですら怖がらせる存在のようだ。
「なぜ、私だけ本棟なのですか?」
「知らねえ。何だか知らないけど、エドガー様が決めたんだ。第一の側近と言われている俺でさえ西棟なのに、役に立たなさそうなお前の部屋の方がエドガー様に近いなんて、納得がいかない」
不機嫌そうに、リックが答える。唇を尖らせ面白くなさそうに眉を寄せる様子から察するに、ジルに焼きもちを焼いているようだ。怖い顔をしているが案外少年っぽいところもあるのかもしれないと、ジルは少しだけ微笑ましくなる。
「おい、女。今俺を見て、笑ったな?」
ぎろりと睨まれ、ジルは慌ててかぶりを振った。
「……笑っていません」
否定しても、血の気の多い目の前の男は納得していないようだった。唐突に腕を掴まれ、壁に押し付けられる。
鋭い鳶色の瞳が、目の前でぎらついていた。
「いいか、エドガー様に気に入られたからって、調子に乗るなよ。エドガー様が何を思ってお前を傍に置くことにしたのか知らないが、俺は認めていない。お前が少しでもエドガー様に対して怪しい動きを見せれば、殺すことだって厭わない」
リックから受けた一撃で気絶させられたことを思い出し、ジルの全身にぞくっと鳥肌が立つ。彼が脅しではなく、本気で言っているのが伝わってきた。彼のエドガーに対する忠誠心は、本物だ。折を見てクロウを逃がそうと企んでいるジルには、危険な存在となるだろう。