クールな上司は確信犯

悔しいけど、やっぱり好き

お出掛けの予定だったのに、急な仕事が入ったからと和泉の家に呼ばれた。

「すまない、少し待っていてくれるか?」

パソコンを打ちながら和泉が言う。

「忙しいなら私帰りますよ?お邪魔になったらいけないし。」
「有希に邪魔されるなら本望だ。」
「ちょっと意味がわかりません。」

忙しいといいつつも、有希にカフェオレを入れてくれる。
ミルクたっぷりで砂糖多めの甘ったるいカフェオレだ。
甘ったるいのが有希の好みなのだ。

和泉は有希にカップを渡すと、頭をポンポンと撫でてからまたパソコンに向かう。

「初めて会ったときも、頭を撫でてくれましたよね。私あの時とても緊張してたんですけど、和泉さんが頭を撫でてくれたから面接頑張れたんですよ。」

思い出しながら有希が言う。
あの時の一目惚れがなかったら、今のこの時はない。

甘ったるいカフェオレが胃に沁み渡る。

「有希に初めて会ったのはもっと前だ。」
「えっ?」

眼鏡をくいっと上げて、和泉が視線をパソコンから有希に寄越した。
完全に疑問符が付いている有希に、苦笑いをする。

「俺が初めて有希に会ったのは、いつもの本屋だ。楽しそうに本を選んでいる姿をよく目にしていたな。」

和泉の言葉に有希は目を丸くする。

「それから、大規模な就職フェアの時、うちの会社のブースに来ていたな。まあ俺は裏方の仕事をしていたから、表立って学生の前に出たりはしなかったが。」

確かに就職活動中、大きなホールで行われた就職フェアに参加した。
今の会社が第一希望だった有希は、真っ先にブースへ出向いて説明を聞いたりパンフレットをもらったりした。

「あとは、そうだな。社外のホールで一次面接を行ったとき。あの時も裏方で仕事をしていたが、受付で有希の姿を発見した時は驚いた。」

一次面接は受ける学生の人数が多いため、社外のホールで集団面接が行われた。
受付には何人か人がいて、有希は女性のスタッフと話した記憶がある。
あの中に、和泉がいたと?

「で、二次面接の時だ。たまたま用事で外に出たら、うろうろしている有希を見つけた。あの子が二次面接まで進んだんだと思ったら嬉しくて、つい声を掛けてしまったしつい手が出てしまった。ずっと気になってた子がすぐ近くに来たんだ。運命感じずにはいられないだろう?おまけに可愛い笑顔でお礼を言われるし。」

ビルの入り口がわからなくてうろうろしている時に和泉に声を掛けられた。
教えてもらって頭をポンポンされてときめいて、そこで有希は初めて会ったと思っていたのに。

「人の心を掴んでおいて、その後書店であまり見かけなくなったし、会社でもなかなか出会う機会がないしで本当にやきもきしたな。」

それは、慣れない仕事に緊張してへとへとで、社会人1年目の休日は自宅でくたばっていた。
書店に行きたいと思いながらもゴロゴロしたいほうが優先されて、前ほど行く頻度は落ちていた。

「そんな前から私のことを知っていたんですか?」
「そんな前から有希に想いを寄せていたんだ。
ん?どうした?」

机につっぷした有希を訝しげに見る。

「いや、あの、もう恥ずかしくて。」
「だからこうして今、有希に触れることができて嬉しくて仕方がない。」

和泉は有希の側に来ると、つっぷしたままの有希の頭をポンポンと撫でた。
その手が大きくて温かくて、胸が高鳴ってしまう。
恥ずかしさを紛らすため、「和泉さん、仕事して」と伝えれば、

「ん?もう終わった。心置きなく有希に触れられる。」

そう言って、額にキスを落とす。

「公共の場じゃないから有希に怒られることもない。」

いたずらっぽく微笑む和泉に、有希は何も言えずただ頬を染めるばかりだ。
何だか悔しくて、

「和泉さんのばか。
…大好き。」

頬を膨らませてぷいと横向く。
見えないところで和泉がくすりと笑う気配がある。

かと思ったら、ふいに顎を掬われて甘いキスが落ちてきた。

それはとびきり甘くて優しくて。
幸せで溺れそうになった。


【END】
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