クールな上司は確信犯
確信犯
今日もまた来客対応が終わり、コーヒーカップを片付けに給湯室へ行く。

入口で足が止まった。

またバリスタでコーヒーを入れながら、壁に持たれ掛かって目を閉じている和泉がいたからだ。
寝ているのかな?
そう思ってそっと入っていくと、ふと目が合う。

「またサボっているのを見られてしまったな。」

和泉はふっと微笑むと、コーヒーを持って出ていこうとする。

「い、和泉課長!」

有希は思わず呼び止めた。
振り向いた和泉に、「あの、えっと…」とわたわたしながら、来客対応で余った小分けされたクッキーを差し出す。

「よかったらこれ食べてください。余り物ですけど…。」

差し出した手に和泉の手が触れた。
それだけで心臓が跳ね上がる。
なのに、
和泉はそのまま有希の手を握った。

「!!!」

驚いて一歩下がるも、和泉はその手を離そうとはしない。

「有希…。」

手を握られたままじっと見つめられて、有希は身体中の体温が上がるのがわかった。

和泉課長、ここ社内です。
プライベートモードになってます。
心の叫びは声にはならず、ただただ赤面するばかりだ。

「この前の答えを聞かせてほしいのだが。」

一歩近寄った和泉からふんわりと香る控え目な香水が鼻をくすぐる。
有希は壁を背にして、行き場をなくした。

和泉課長、これ壁ドンです!
ドンっていってないけど、スマートな壁ドンです!

給湯室に扉はない。
いつ誰が入ってくるか、誰が通りかかるかもわからない。
それでも答えを聞くまで離さないといった和泉の態度に、有希はとうとう折れた。
真っ赤な顔で、少し俯き加減に、それでもちゃんと和泉を見て。

「私も…好きです。」

恥ずかしくてそれ以上何も言えない有希に、和泉はふっと微笑むと、頭をポンポンと撫でた。

「ちゃんと言えたご褒美だ。」

そう言って、有希の顎をすくったかと思うと、触れるだけのキスをした。

まるで有希が和泉のことを好きだと知っていたかのように。
それはとても甘く優しくて。
有希の顔を見ると、いたずらっぽく笑った。

和泉は満足したのか、何事もなかったかのようにコーヒーを片手に給湯室を出ていく。
有希は身体の火照りが収まるまで、その場を動くことができなかった。

私が好きになった人は、確信犯だった。
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