誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~

 てっきり、父が無神経なことをしでかして、美保を傷つけ、誤解が生じてこんなことになったのではと思っていた小春は、言葉を失った。

「でっ、でも、ちょっと待ってください。お父さん、携帯すら持ってないですよね?」

 スマホどころか、携帯すら持たない父が、どうやって女性と会うのか、ピンとこない。そもそも、そんなマメなタイプでないことは、小春以上に美保のほうがよく知っているだろう。

「ええ、持っていないわ。でも……何度か店に電話があって、こっそり抜けたことがあって。すぐに戻ってくることもあったし、店を閉めた後、夜遅く帰ってきたこともあったわ」
「本当に……?」

 ますます信じられない。

 父にとって店は、生きがいで、命なのだ。常日頃、包丁を持ったまま死にたいと思っている人なのに、その店を抜けてまで会いに行く存在がいるというのが、やはり想像がつかないのだ。

「そっ、その、会ってる人って、誰なんですか?」

「それがね……きっと、お店の常連さんか、同業者だと思うんだけど……わからないのよね。佑二さん、すごくモテるし」

 美保は打ちひしがれたまま、ため息をついた。

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