誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~
閑の言葉に、槇は「マジか……完全に気を失ってたな。無駄な時間を過ごした」とため息をつく。
槇は閑ほどではないが、百七十後半の長身で、少しやせぎすのワイルドな風貌をしている。くたびれているが、妙に色気があり、正直言って、弁護士には見えない。あえていうなら、隠れ家的バーのマスターのような、不思議な気配がある。
だが、生まれ育ったこの町で十年前から事務所を開き、下町の法律屋さんとして、時には採算度外視で、親身な法律相談を受けている、誰からも尊敬されている男だった。
「あの……これ、まだ温かいので、よかったらどうぞ」
「ん? ああ、小春さんか。いい匂いがするなぁ……もしかして大将のおでんか?」
「はい。たくさんあるので、残りは冷蔵庫に入れておいてくださいね」
小春がうなずくと、それを聞いた槇がハッとしたように背筋を伸ばす。
「よしっ、今から食べよう。思いだしたけど、朝も昼も食ってなかった。閑、お前も食うだろ?」
「ああ……そうですね。確かに俺は、持って帰ったらダメにしちゃいそうだし」
それから閑は、カウンターの前で立ち尽くす小春の前にやってくると、神妙な面持ちで顔を覗き込んできた。