誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~
「だめ? 俺のこと、名前で呼びたくない?」
甘く、どこか切なそうな声で言われて、小春の胸はさらにぎゅうぎゅうとしめつけられた。
(この人、天然の小悪魔系では?)
大型犬の、とびっきり上等な長毛種のような雰囲気を持つ彼だが、そうやって無害を装って迫られると、小春は困ってしまうのだ。
(確かに……同居してまでさん付けは他人行儀かもしれない……。私だって、小春ちゃんって呼ばれてるし……)
ただ小春としては、彼を名前で呼んで、余計愛着を持ってしまうのが、少し怖いのだが――。それは小春の事情であって、閑には、関係のないことだろう。
(でも、そうよね……神尾さんは、ただ同居人として、私に気を使ってくれているんだ! だったらここは彼の言うとおり、名前を呼んで、心地よく送り出さないと!)
これは同居するうえでのマナーのようなものだろうと、小春はそう自分に言い聞かせ、顔を上げた。
「しっ……閑さん……行ってらっしゃい……?」
だが、照れのあまり、思わず疑問形になってしまった。
その瞬間、それまでじいっと自分を見詰めていた閑が、「っ……」と、息を呑む。
「破壊力抜群……」
そして、ぼそりと何かをつぶやいたようだが、小春の耳には入らなかった。そのまま閑は、少しふわふわした足元で、出て行ってしまった。