明治蜜恋ロマン~御曹司は初心な新妻を溺愛する~
「黒岩さん、すみませんが章子さんをお願いします。彼女、懐妊していらっしゃって、体調がすぐれないようなんです」

「はい。医者から聞きました」
「私は少し家に戻ります。お願いします」


頭を下げ出ていこうとすると、彼が前に立ちふさがる。


「奥さま、どうかされましたか? 顔色がお悪いようで……」


お願い、行かせて。涙をこらえられているうちに。


「なんでもありません。章子さんは行基さんの大切な幼なじみです。なにも困ることがないようにしてあげてください」


そう言いながら、必死に歯を食いしばる。


『愛する人』ではなく『幼なじみ』と口にすることで、自分の心を静めたかったのに逆効果だった。

“幼なじみ”だったからふたりはそういう関係になったのだから。


もう一度頼むと、黒岩さんは「承知しました」と首を傾げながらもうなずいてくれた。

門を出た瞬間、我慢しきれなくなった涙がポロポロとあふれ出す。


「どうして……」
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