明治蜜恋ロマン~御曹司は初心な新妻を溺愛する~
握りたい手はひとつだけ
私は一橋の家に帰ることなく、あてもなく歩き続けた。

そして、津田家を出て三日。
安宿に宿泊しつつ、働ける場所を探していた。

尋ね歩いていると、津田の家からは歩いて三時間ほどの街のとある貸本屋で店番を求めていることを知り、早速向かう。


「つ……一橋あやです。本が好きで、雇っていただけないでしょうか?」


『津田』と言いそうになってとどまった。

祝言をあげたばかりの頃は、津田あやという名前に慣れず何度も一橋と間違えたのに、今となっては逆だ。

もう行基さんに会えないのだと考えてしまい胸が苦しい。
だけど、章子さんのお腹の子を思えば、これが一番いい選択だったのだと、顔を上げた。

頑張れ、私。


「本好きの人が来てくれるなんて助かるなぁ。明日からよろしく」


貸本屋の店主は、歳のころ、行基さんと同じくらいだろうか。
目元涼しくそれでいて温かな笑顔を持つ男性だった。


「こちらこそ助かります。ありがとうございます」
< 268 / 332 >

この作品をシェア

pagetop